2020年09月21日

福本雅一氏の著作

明末清初.jpg




  故:福本雅一氏(-2013)は、「明末清初」での史伝は、優れたものだった。特に董其昌の評伝「まず董其昌を殺せ」は、従来の美化された董其昌イメージを打ち砕いた名篇だった。これは英語中国語訳されているかどうかは知らないが、翻訳されて当然の記念碑的著作である。
    ref. 福本雅一, 先ず董其昌を殺せ, 明末清初, 同朋舎出版, 1984, 8, 、及び「董其昌の書画、二玄社にも収録がある

  その福本雅一氏の著作の一つに「蘭亭嫌い」がある。福本雅一氏は、もともと蘭亭序はそう好きではなかったようで、顔真郷の書のほうが好きだったようだ。なぜ蘭亭序が高く評価されるのかわからない、というスタンスである。現存の蘭亭序の拓本や墨跡を追ってみても王羲之の作品であるという根拠はない。ただ、文献では宋時代までしか遡れないというのは、失言だった。なぜなら、弘法大師空海の表に「蘭亭碑」というのがあるからである。つまり、蘭亭序の拓本を唐からもちかえっていた。中唐の憲宗時代に既に拓本が普及していたのである。また蘭亭序を優れた書だとした文章は、孫過庭の書譜、右軍書目、など七世紀まで遡ることができる。また西域出土文書のなかにも蘭亭序の手習いがある。「蘭亭嫌い」は表題通りかなり個人的好悪が現れた文章だと思う。

 福本雅一氏は、上海博物館に一時あった何紹基旧蔵 張玄墓誌拓本の件で妙な偽作説にいれこんだり、 書画金石鑑別という点では少し勇み足で失敗があるところがあるのが、残念なところである。
  晩年の著作は、ほとんど藝文書院から出していたようで、かなりあるようだが、当方は読んでいない。
posted by 山科玲児 at 15:18| Comment(0) | 日記

「楷書」という名称



「楷書」という名称には混乱が起きやすいので、3年以上前にあげたことを、また紹介しておきます。

2017年03月05日 楷書を「隷書」と称していた
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178992050.html

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posted by 山科玲児 at 13:45| Comment(0) | 日記

杜家立成雑書要略



 信州大学学術研究院教育学系の小林比出代さんの下記論文を読んで、正倉院展などで実物をみたり、複製だが、巻物で全部みたときに感じたことを思いだした。

杜家立成雑書要略」第一紙の書法分析. ―「楽毅論」との比較から―.
https://ci.nii.ac.jp/naid/120005982895/

複製といっても大正ごろの豪華原色複製は20万円以上する高価なものなので触ったことしかない。明治の、色なんかは忠実ではない朝陽閣集古の石印複製でみているのである。宮内庁のサイトで一応全部みることはできる。
https://shosoin.kunaicho.go.jp/search/

私が感じたのは、なんで第一紙とその後で書風が全然違うのだろう。。ということだ。昔は第一紙だけが光明皇后の筆で後は輸入品だったのでは、、とも考えたことがある。実は朝陽閣集古の複製には「唐人書」と旧蔵者がコメントしてあったのだ。しかしねえ東大寺献物帳には「皇太后御筆」になっているしねえ。今、考えているのは第1紙が欠けた本を臨書したため、第1紙には手本がなかったので、他の写本を参考に自運で書いたのではないか? という推理である。ちなみに杜家立成雑書要略を俗書だといって貶す人もいるようだが、書の手本のテキストは俗書が多い。皆が知っているようなテキストが選ばれる。千字文とか和漢朗詠集とか百人一首とか。。奇をてらったテキストを書軸などに書くようになったのは明末以降とくに清時代後期じゃないかと思っている。趙之謙なんかはわざわざ佚文とされるものを書いたことがある。

 杜家立成
とかりっせい
用途 : 書蹟・地図
技法 : 紙
倉番 : 北倉 3
寸法 : 本紙縦26.8〜27.2 全長706 軸長30.6
材質・技法 : 本紙色麻紙19張 墨書 軸端は紫檀 軸木は檜
posted by 山科玲児 at 08:14| Comment(0) | 日記