2020年11月11日

なかなかみれない北山抄 紙背消息

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北山抄 紙背消息 (京都国立博物館)
これは、国宝のわりには、ほとんどまともなネットイメージがない。

稿本北山抄巻第十
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/B甲416

でも、表のほうの北山抄の写真ばかりである。
実は、裏は白い紙で裏打ちされていて、実物をみたら、紙を通してようやくみえる状態だった。
だから、写真が皆なんかおかしいんだよな。ここで、便利堂 苦心の写真コロタイプの拡大イメージを紹介しておきます。
三条公秘蔵 北山抄 紙背消息, 昭和12年OCT01  便利堂

線の上に紙の繊維が覆い被さっているのがわかるでしょう。
posted by 山科玲児 at 11:03| Comment(0) | 日記

シンクロニティ

マヤ文字解読.JPG
マイケル・D. コウ Michael D. Coe,
監修増田 義郎,  翻訳 武井 摩利, 徳江 佐和子
「マヤ文字解読」
http://www.amazon.co.jp/dp/442220226X/



を 再読していたら、あることに気づいた。昨日書いたパカル王の墓所をペレンケの碑文の神殿ピラミッドの内部奥深くで アルベルト・ルスが発見したのが1952年6月15日、そしてユーリ・クロノーゾフが、マヤ文字解読の画期的論文をロシア語で発表したのが、同じ1952年10月だ。

そうすると、ツタンカーメン墓の発見に比すべきパカル王の墓所の扉をアルベルト・ルスが開けたとき、遠くレーニングラード(現在のペテルスブルク)のネヴァ河のほとりで、 クロノーゾフは歴史的論文を書いていた、ということになる。これは、なんというか同時性というかシンクロニティを感じないわけにはいかない。
            

            
posted by 山科玲児 at 06:32| Comment(0) | 日記