2020年11月16日

シーボルトの千字文

千字文 シーボルト2  ss.jpg

 戦前の三省堂書エン第3巻第一号 智永千字文特集号,1939年1月
に、西洋人と「千字文」  杜邨生

という文章があります。筆名:杜邨生 の本人は、有名な石田幹之助 氏らしいです。

 そのなかで書いてるんですが、千字文の西欧語翻訳の2番目と3番目なのが、長崎に来た フランツ・フォン・シーボルトがラテン語に翻訳したもの(1833  ライデン  イメージ)と、シーボルトとホフマンによるドイツ語に翻訳したもの(主著「日本」に収録1835ごろ  ライデン)なんだそうです。

 興味をもって、更に調べてみたんですが、
新発見の欧州所在倭学書とその周辺*スエン・オースタカンプ(京都大学・外国人特別研究員
https://www.ruhr-uni-bochum.de/sulj/pdfs/Osterkamp_2010_Shinhakken_no_Ooshuu_shozai_wagakusho.pdf
を参照すると、、

  この千字文がハングル併記の李氏朝鮮本だったということなんですね。中国文字とハングルを同時に紹介するという意図なんでしょうか。更に驚くのが、この出版の協力者は福建省生まれの中国人でバタヴィア(インドネシア)にいた郭成章(1804-)で、しかも、この郭成章氏はるばるオランダまで旅して現地で仕事していたようです。
posted by 山科玲児 at 08:13| Comment(0) | 日記