2021年01月24日

群衆の歓呼

ravenna mazaic  ss.jpg



生き残った帝国ビザンティン 講談社現代新書  に、こういう記述がある。イメージはラヴェンナにある、ビザンチン皇后テオドラのモザイク。

>ビザンティン帝国では、都コンスタンティノープルの宮殿において皇帝の即位式が行われる時、「デーモス」と呼ばれる人々が「ローマ人の皇帝万歳」を唱えることになっていた。デーモスとは市民とか民衆という意味のギリシア語である……。これはいうまでもなく、皇帝は市民のなかの第一人者である、というローマ古来の理念を受け継いでいたのである。ローマの伝統を受け継ぐビザンティン帝国ということ、それ自体には取り立てて不思議はない。この国の特異な性格はその先にある。「デーモス長」は皇帝直属の高級官僚であり、「デーモス」もまた国家から給料を得ている下級役人であった……。のちにみるようにビザンティン皇帝は、ローマ皇帝とは異なり絶対的な権力者であった。それにもかかわらず、建前としての「市民の第一人者」を維持するために、わざわざ宮廷に「市民」を雇い、その歓呼によって即位するという形をとったのである。
>
これはたぶん10世紀ごろの事情だと思う。ローマ帝国皇帝は、ローマ市民の第一人者であり元老院によって選ばれるというオクタヴィアヌス以来の建前があった。その建前と正統性を引き継ぐために、こんなことをしていたわけである。ビザンチン皇帝はクーデターや血縁や軍隊での同僚などで選ばれたのであって元老院とはほとんどなんの関係もない。それでも前期のビザンチン(東ローマ)皇帝たちは、戴冠式のあと競馬場の大群衆の歓呼を得ることで「ローマ市民」に認証されるという形式をとっていた。それが壊れたのは「ニケの乱」からであるが、競馬場が廃止されたわけでもないので、その後も競馬場でのセレモニーは形を変えてあったのかもしれない。

 アメリカ建国の父たちが、古代ローマの共和制 + 独裁官または最高司令官 をモデルにしていたのは、前も述べた。
 今回の就任式は、大群衆の歓呼で皇帝就任を認証するという、ローマ帝国のモデルを一切切り捨ててしまった。ヴァーチャルな上、一部の動画は空の天気が明らかに違うので別の日に撮ったものを組み合わせたものだろう。
 そういう意味では、バイデンとそのまわりのDSは、ビザンチン皇帝より独裁者的である。
就任式会場前、旗20万本が埋める コロナで様変わり
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM199VD0Z10C21A1000000

 その一方、トランプのフロリダ帰還は、古代ローマ皇帝の凱旋式のようである。
We Love Trump! フロリダ州で多くの支持者が出迎える|パームビーチ Palm Beach|マール・ア・ラーゴ Mar-a-Lago - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=318uoYKCbmg

ref 井上 浩一. 生き残った帝国ビザンティン 講談社現代新書
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000146494

posted by 山科玲児 at 11:56| Comment(0) | 日記

初音ミクとルネサンスの理想

Kegel Musikalisch Opfer BWV1079 (2).JPG

J.S. バッハの六声のリチェルカーレを20世紀ウイーンのウェーベルンが編曲したものを繰り返し聞いている。CDなら、ケーゲルのもの(上イメージ)がいいと思う。
youtubeなら、
J. S. Bach/A. Webern: Ricercar a 6 ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Antonello Manacorda - YouTube

これを聴いていて、ボーカロイド 初音ミクの名演も思い出した
音楽の捧げもの BWV1079 Bach The Musical Offering Ricercare a 6 VOCALOID - YouTube
  なぜかイタリア語など外国語のコメントしかない。これは往年のスイングルシンガーズのものより優れている。この曲自体ボーカロイドむきなんだろうか。。

  更に思ったのは「初音ミク」という日本語の音とアクセント抑揚が この主題と異様にあっているからだ。
 これは、別のボーカロイド演奏
初音ミク バッハ(6声のリチェルカーレ) BACH ricercar a 6 BWV1079 - YouTube
では、より露骨にわかる。
 16世紀末 リヌッチーニOttavio Rinucciniなどの「言語と音楽の一致」というテーゼはリヌッチーニはじめルネッサンスの音楽家・詩人たちによって繰り返し理想として提起されていたが、必ずしも成功したとはいえない。音楽の歴史における突破口が、「ボーカロイドの名前」によって引き起こされるとは、誰が予想しただろうか。       
             

posted by 山科玲児 at 08:40| Comment(0) | 日記