2021年02月21日

北海道の縄文文化

縄文土器 小林  日本の美術6.JPG

 北海道の縄文文化を考えると、北海道の西部さらに釧路周辺まで、縄文人・日本人文化圏であったと考えざるをえない。それに縄文温暖期には、北海道も今よりずっと温暖だっただろう。
 そうなると、大和朝廷 京都政権の東北での戦いは、日本人どうしの別政権との戦い だったのだろう。
 もし異民族との戦いなら、これは一種のレコンキスタということになる。異民族が北海道南端以南まで侵略してきていたのだから。
posted by 山科玲児 at 13:45| Comment(0) | 日記

五馬図巻の図録

五馬図巻.JPG

五馬図巻 の図録をようやく、閲覧できた。

近くの図書館に他の図書館からとりよせてもらったのだ。

色再現、印刷精度は、まあまあよいほうだと思う。拡大印刷図版があるのがありがたい。

ただ、現物をみたとき、曽ウ跋がひどく痛んでいるようにみえていたが、この本ではそういう感じはない。紙質が、カラー写真でもあまり反映されていなかった。

実物をみると、確かに第五馬は著しく遜色があるが、この本ではそれほどひどい差は感じられない。

 付図の関連絵画をカラー図版をみると、これらが、あまりに粗末・下手なのには驚く(例外かもしれないのは、METの照夜白ぐらい)。これらは本当に伝承の名画家たちの作とはとても思えない。以前、台北國立故宮博物院で英文で出してた趙孟フの画馬という、パンフのようなモノグラフをもっていて、その中に、モノクロででていた絵もこの図録の付図になっているものもあるが、今回カラーでみるとさらにひどい。こういう馬の絵でまあまあ五馬図に匹敵できそうなものは、北京にある任仁ハツのもの、大阪にあるキョウ開のものぐらいじゃないかと思う。

 各絵の横や上にある黄山谷風の題記は、本当はだれが書いたのか、現在では一応、黄山谷が書いたとみなされているけどね。

解説には、補筆問題・補画問題も少し書いてあった。

前に書いたエントリー

2019年11月23日  五馬図巻について
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/186835858.html

2019年02月12日  五馬図巻 実見
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/185540607.html

2019年01月04日
五馬図巻が行方不明になった理由
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/185313692.html
タグ:五馬図巻
posted by 山科玲児 at 08:42| Comment(0) | 日記