2021年03月28日

釈迦三尊像光背銘の書風

太和 金銅仏 根津 (1).JPG

法隆寺金堂 釈迦三尊像が北魏風なのに、その光背銘(下イメージ)の書風が龍門造像記や北魏の墓誌銘とはかけ離れているという議論はしばしばみるところです。

しかし、これは金銅仏の銘文であるということを考えないといけません。北魏時代の確実な銘文でも、金銅仏の銘文の場合、上のような、ものが普通です。
 根津美術館:釈迦多宝如来像 の銘文(イメージ  写真著作権消滅すみREF)

しんにょうの末筆が下にいくという、光背銘の特色を、この銘文は共有してますね。
中国ですら、同時代の金銅仏の銘文文字書風と龍門造像記書風は大きく違うのですから、日本で別に同じでなかればならない理由はどこにもないと思います。
法隆寺釈迦三尊像光背銘の文字はかなり丁寧に制作されたもので、鋳造文字だという意見もあるようです。
Source Ref 美術研究  第33号(昭和9年、1934年9月)
 矢代 幸雄「太和十三年造金銅釋迦多寶二佛並坐像」
法隆寺釈迦三尊像光背銘 部分.JPG
posted by 山科玲児 at 10:32| Comment(0) | 日記

[論語疏]−中国6世紀写本の出現と公開



閑却してましたが、こういう新発見あったんですね。時代の判断については、まだいろいろな議論はあると思います。注釈を小字で書く例は6世紀ぐらいの出土品もあるようですし。

 ・ 2020年11月26日
[News] 【Keio Report】『論語疏』−中国6世紀写本の出現と公開
【Keio Report】『論語疏』──中国6世紀写本の出現と公開
https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/other/202011-keio_report_1.html?
m_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

http://dlvr.it/RmS25B
posted by 山科玲児 at 09:10| Comment(0) | 日記