2021年04月13日

太陽系外惑星の発見者へのインタビュー



スイスの情報発信サイトで、最初に太陽系外惑星を発見して、パラダイムを変えてしまった
スイス  の科学者 マイヨールとケローの一人、ディディエ・ケロー博士へのインタビューがありました。
ノーベル賞受賞ということでのインタビューのようです。

「ノーベル物理学賞で科学界の頂点に登りつめた」 - SWI swissinfo.ch
いかにもスイス人という感じですねえ。

まあ、ノーベル賞の余徳でしょう。彼らの業績は天文学に関心のある人なら皆知っているでしょうが、こういうマスコミ的インタビューは、ノーベル賞が後押ししてるでしょうからね。
 平和賞はいかがわしい最低賞だし、経済学賞は受賞者が参加したファンドが巨額な損失だしてるし、文学賞は欧米だけのセンスだし、とさんざんですが、物理学賞・化学賞・医学生理学賞はまだ意味があるようです。
posted by 山科玲児 at 03:02| Comment(0) | 日記

2021年04月12日

ピーター・バンデカンプ

銀河旅行.JPG

  ハードSF作家で科学者でもあった石原藤夫さんが、昔書いた「銀河旅行I.II」はなかなか面白い本で、いまでももっている。このなかで、恒星間飛行の現実的計画としてレーザー起爆核融合を利用したロケットを紹介している。 これが、1973〜1978年にアラン=ボンドを中心とした科学者たちが研究し提案したダイダロス計画である。その目標がバーナード星だった。当時は一般的な科学の本にも、二つの惑星がある星としてバーナード星が紹介されて絵まで描いてあった。バーナード星に惑星があると主張したのが、

ピーター・バンデカンプ(Peter van de Kamp),故郷オランダの言い方では、ピート・ファンデカンプ(Piet van de Kamp(December 26, 1901 in Kampen[1] – May 18, 1995 in Amsterdam) だった。

ピート・ファンデカンプPeter van de Kamp ,
https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_van_de_Kamp

彼の20年にわたる観測による「発見」はその後否定され、おそらく失意のうちにオランダに帰り、アムステルダム近郊で逝去している。彼の晩年には、「太陽系外惑星は存在しない」という理論的主張さえ主流になっていた。そして、彼が逝去して五ヶ月あと、1995年10月6日、フィレンチェの学会で、現在につながる最初の太陽系外惑星の報告があった(ref )。発見者は最近ノーベル賞をとったマイヨールとケロッズである。なんという皮肉なことだろうか。

そして、ピーター・バンデカンプが使っていたアストロメトリーという手法が、より現代化し機械化して、

宇宙望遠鏡「ガイア」で実現されている
観測された星の数は18億以上。宇宙望遠鏡「ガイア」の最新データが公開される | sorae 宇宙へのポータルサイト
https://sorae.info/astronomy/20201208-gaia-mission.html

そして、2018年には、バーナード星の惑星が、こんどこそ本当に発見されている。
ナショナル・ジオグラフィック
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/111600497/
これはピーター・バンデカンプの観測が正しかったというわけではないのだが、それでも結果としては、ピーター・バンデカンプの墓へのたむけにはなるだろう。
ref.井田 茂、異形の惑星―系外惑星形成理論から (NHKブックス)  2003/5/1
異形の惑星.JPG
posted by 山科玲児 at 07:40| Comment(0) | 日記

コメント 一時停止

変なアクセスがありますので、記事への新規コメントを一時停止します。
posted by 山科玲児 at 03:24| Comment(0) | 日記

2021年04月11日

法隆寺の金銅仏が大阪市立美術館にあった

法隆寺  金銅菩薩.JPG


この図版は昭和十一年刊行の大阪市立美術館列品図録 の抜き刷りである。
これは法隆寺のものを大阪市立に寄託していたということらしい、今は、通常時は、法隆寺の大宝蔵殿に確か展示されていると思う。

しかし、昭和十一年には、奈良ではなく大阪に寄託されていたとはねえ。。

  これが、天王寺の大阪市立にあったということは、日米戦争中、大阪大空襲のころにはどこに保管されていたのだろう?

  百済観音も、確か、安藤更正の本によると戦前は、奈良の博物館に陳列されていたはずだ。
  百済観音自体がどこに疎開・保管されていたのだろうか?

  なんか、法隆寺の仏像は、法隆寺の隅ににずっとあったような錯覚をうけるが、実はそうではないのかもしれない。
posted by 山科玲児 at 12:02| Comment(0) | 日記

素粒子物理学  標準理論  危うし

Standard_Model_of_Elementary_Particles.svg.png




朝日新聞の扇情的な記事:
素粒子物理学の根幹崩れた? 磁気の測定値に未知のずれ
https://news.yahoo.co.jp/articles/d342900db6c968c934a546d6e4701203cdd8bd51
が出ていた。数年ぶりに、こういう件についてコメントしてみたくなった。朝日新聞は古美術や自然科学については意外とまともだ。フェイクニュースで有名なニューヨークタイムズもそういう傾向がある。

この種の研究は日本でもやってたんだが、先こされた感はある。ほんとに競争は厳しいし、同じことを世界中で同時に考え・実験しているのだ。
研究会「ミューオン精密物理の新展開」<br> Workshop "New Developments of Muon Precision Physics" | ミュオン科学研究系 - KEK IMSS MSL
https://www2.kek.jp/imss/msl/2019/10/-workshop-new-developments-of-muon-precision-physics.html


  もう少し学問的な英文記事はNATURE
Is the standard model broken? Physicists cheer major muon result
https://www.nature.com/articles/d41586-021-00898-z

ミューオン(ミュー粒子)とは、何か?ということから、いわないといけないだろう。現在発見されている素粒子(それ以上分けられない粒子)は上図のようなものだ。これは、下記Wikiからとって加筆した。右の部分は、左の第一列に右の第1列が関係があるというわけでもないので、ちょっと離したほうがいいと思っただけだ。。左の部分は縦横になんらかの関係があるとされている。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Standard_Model_of_Elementary_Particles.svg


矢印で示したのがミューオンである。これは重い電子というようなもので、2マイクロ秒ぐらいで崩壊する。したがって、日常では空から降ってくる宇宙線で生成されてもすぐ無くなってしまうから、多量には存在しない。ただ宇宙線は常に降ってくるわけだから、ミューオンも降ってくる。福島第一原発の中を透視したのはこの宇宙から降ってくるミューオンをレントゲン代わりに使ったのである。
 しかし、素粒子の世界では2マイクロ秒というのは永遠に近いぐらい長い時間である。

このミューオンは、小さな磁石である。もっとも、電子でもなんでも皆小さな磁石でもあるので、極普通のありきたりの性質だ。
現在の標準的な理論で、その磁石の強さ(磁気モーメント)を計算できる。その値が実験値とずれていたので、これはおかしいということになっているのである。

 別に、ちょっとぐらいずれていたっていいじゃないか、と感じるだろうが、 水星の軌道のちょっとのズレが一般相対性理論の重要な証拠になったり、古い古いところでは、天王星の軌道の計算値からのズレが海王星の発見につながったりしているから、このズレというのは、馬鹿にはできない。
posted by 山科玲児 at 09:40| Comment(0) | 日記

2021年04月10日

法隆寺釈迦三尊光背銘の書風について

法隆寺釈迦三尊光背銘の書風について
https://reijibook.exblog.jp/29479969/

を書きました。

それにしても、wikipedia
に引用されていた

大山誠一氏の論文
「聖徳太子」研究の再検討(上),  弘前大学國史研究.100, 1996, p4-21
弘前大学学術情報リポジトリ
には、

この書は、六朝風のところも、初唐の虞世南・欧陽詢らを思わせる部分もあり、きちんとした一つの書風に
よって書かれているのではないようである。 特に「造」「遇」「道」「遍」などのしんにゆうが右下に軽く消えるように流れるのは八世紀の墨書土器などに見られ、日本化した書風と考えることができるであろう。


虞世南や欧陽詢の書がどこが似ているのだろうか?? まったく理解不能である。
 特に欧陽詢のような縦長の背勢の字形とは全く違う。
 中国書道史を全く知らないで、論文に書く無神経さに驚かざるをえない。

wikipediaもかなり修正する必要があるだろう。

posted by 山科玲児 at 17:45| Comment(0) | 日記

大根の唐人煮

大根の唐人煮.JPG

これは、
長崎・聖福禅寺の普茶料理
https://honto.jp/netstore/pd-book_25278969.html
で知った料理です。大根と厚揚げの煮物に替えてつくってみました。
はじめに、大根を下ゆでしてキクラゲと一緒に炒めるというとこが重要ですね。銀杏とキクラゲ(当方はシイタケで代替)いれることと、この「炒め」るとこが、 普通の大根と厚揚げの煮物とは違うとこですね。なかなかおいしい料理です。もとは精進料理ですが、ダシを普通のダシにしてもいい。

長崎 聖福寺の先代 故: 田谷良忠 住職 が考案したものだそうです。
posted by 山科玲児 at 08:38| Comment(0) | 日記

2021年04月09日

好太王碑拓本  高精細イメージ


お茶の水女子大学のサイトで、最旧拓・精拓とはいえないが、とにかく拓本である好太王碑拓本を高精細画像で閲覧できる。

拓本自体がむちゃくちゃに大きいので展覧にも、大きなケースがあるところでしかできない。そのために、一般公開されることは少なく、詐欺的な本が横行する原因にもなっている。こういう公開は良いことだと思う。上イメージは東京国立博物館 好太王碑拓本企画展でみた、拓本の部分写真、第2面の真ん中の部分:当方撮影。


タグ:好太王碑
posted by 山科玲児 at 09:06| Comment(0) | 日記

爆撃聖徳太子

爆撃聖徳太子.JPG

エキセントリックで天才の聖徳太子を描いたのはよかった。実は「ウルサイ・ウルサイ」というのは当方にもある。冗長で、興味のない話を聴きたくないのだ。やはりサヴァン症候群の気があるのかな。

  ただ、世界観というか世界モデルが、まるで、北朝鮮で1960年代に金錫亨が展開した分国論である。好太王碑改竄説と同じ妄想ファンタジー学説で、とうにゴミ箱行きのものなんだが。。
 そりゃ、歴史SF フィクションなんだから、どういうモデルをつくってもいいんだが、よりによって北朝鮮かよ。。

 それに、当時、百済が隋に高句麗征伐を何度も勧めていたよね(隋書東夷伝)。新羅の真平王も隋に高句麗征伐を要請してたよね(三国史記 新羅本紀  真平王33年(611))。朝貢して平和を保ちたいというのは、まだいいとして、わざわざ半島を攻めることを、あの煬帝に頼み込むというのは、どうかと思うよ。この件は、著者は書いていない。報道しない自由ですかねえ。

  焼夷弾は、ビザンチンのギリシャの火をモデルにしているようだ。ネストリウス派キリスト教徒から教わったという設定だろうか? しかし、成分は全く違うようである。このギリシャの火はACE674年〜678のコンスタンティノープル攻囲のときムスリム軍攻撃に使われたのが有名だが、これはカリマコスの改良型だったようだ。それ以前にも、より性能は劣っただろうが同様の焼夷弾系の武器はあり、ACE515年ごろのヴィタリアンの反乱で使用されている。また3世紀での似た兵器の製造法記述もあり、更に古い類例もトゥキディディスにあるようだ。したがって、聖徳太子時代にノウハウもった人間が日本にいてもおかしくはない。


  
posted by 山科玲児 at 08:46| Comment(0) | 日記

メンテナンス?

メンテナンスのためか、2日ほど、このブログの アクセスに一分近い時間がかかっていたようだ。運営にクレームつけたが、今日からは普通になったようである。

posted by 山科玲児 at 06:58| 日記