2021年04月04日

戦争の中国古代史 武王の黄鉞

説文 鉞 (1).JPG戦争の中国古代史.jpg


佐藤 信弥 :戦争の中国古代史 (講談社現代新書) 新書 – 2021/3/17、
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000350442

を読んでいて、ちょっと気になったところがある。

殷の帝辛(紂王)に勝った西周の武王が,白旄黄鉞で指揮し(書経  牧誓)、黄鉞で帝辛(紂王)の死体の首を切り、玄鉞で妻妾の死体の首を切った(史記)
というところである。この黄鉞を黄金つくりの斧とするのは、唐の孔頴達(くえいだつ・くようだつ)尚書正義 以来の説で、佐藤氏もそれに従っているんだが、なんか違うような気がする。第一、青銅の斧なら磨き上げると黄金のように輝くので黄鉞といえないこともないし、婦好墓などから青銅鉞がでている。

ただ、
大原 良通, 鉞と旄を持つ武王,  関西大学博物館紀要,v6,53-64, 2000-03-31
https://core.ac.uk/download/pdf/228666507.pdf
で、知ったのだが、説文解字に引用された司馬法の文(イメージ)だと夏は玄鉞、殷は白鉞、周は黄鉞 ということになっている。

当方は、これは、全て玉の鉞を想定しているのじゃないかと思う。黒玉、白玉、黄玉の大きな鉞を王がもっているという形が自然じゃなかろうか? 新石器時代以来、神聖な素材として尊重された玉だし、発掘品のなかに、巨大な玉戈もある。

龍山文化のやや小さいものだが、台湾  中央研究院にあるものをあげておく。
http://museum.sinica.edu.tw/ja/collection/6/item/7/

一方、上記の「玄鉞」というのが鉄の鉞であるという解釈もあるようだが、そもそも夏で鉄あるわけないし、周初だってたぶん無い。可能性としては隕鉄の製品だという可能性はあるだろう。でも、隕鉄は非常に貴重なものであり、また鍛造はできないらしい。

玉器が実用から遠ざかった後世に、巨大な玉の武器という概念・発想が消失してしまったためではなかろうか???

タグ:中国史 殷周
posted by 山科玲児 at 17:18| Comment(0) | 日記

プラドとルーブルのモナリザ

Monaliza_Prado.jpg
ルーブル美術館のサイトでルーブル美術館のモナリザとプラド美術館にある模写とされているモナリザ(イメージ)との精細画像での比較がありました。

オリジナルの《モナ・リザ》とプラド美術館の複製 | フォーカス


これは面白いですね。これをじっくり観ることで西洋画の見方を学ぶことができるかもしれませんね。

プラド美術館のモナリザは、なかなか良い絵なんですが、2016年に訪ねたときは、あまり観ている人がいなくて、惜しいと思っておりました。最近は宣伝のせいか、かなり人気がでているようです。

この絵の修理については、
プラド美術館のモナリザの修復に関するビデオ
    https://www.youtube.com/watch?v=0iffdvalbJI
プラド美術館のモナリザの修復  研究 記事
Study of the Prado Museum's copy of La Gioconda - Museo Nacional del Prado
https://www.museodelprado.es/en/learn/research/studies-and-restorations/resource/study-of-the-prado-museums-copy-of-la-gioconda/504eace0-d54e-49b1-a16b-7afd17f756d3?searchMeta=leonardo

関連記事

2012年02月02日 モナリザの良いコピーがプラド美術館で発見される
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/53414205.html
2016年11月16日 プラドのモナリザ
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/177681799.html
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posted by 山科玲児 at 07:10| Comment(0) | 日記