2021年04月09日

好太王碑拓本  高精細イメージ


お茶の水女子大学のサイトで、最旧拓・精拓とはいえないが、とにかく拓本である好太王碑拓本を高精細画像で閲覧できる。

拓本自体がむちゃくちゃに大きいので展覧にも、大きなケースがあるところでしかできない。そのために、一般公開されることは少なく、詐欺的な本が横行する原因にもなっている。こういう公開は良いことだと思う。上イメージは東京国立博物館 好太王碑拓本企画展でみた、拓本の部分写真、第2面の真ん中の部分:当方撮影。


タグ:好太王碑
posted by 山科玲児 at 09:06| Comment(0) | 日記

爆撃聖徳太子

爆撃聖徳太子.JPG

エキセントリックで天才の聖徳太子を描いたのはよかった。実は「ウルサイ・ウルサイ」というのは当方にもある。冗長で、興味のない話を聴きたくないのだ。やはりサヴァン症候群の気があるのかな。

  ただ、世界観というか世界モデルが、まるで、北朝鮮で1960年代に金錫亨が展開した分国論である。好太王碑改竄説と同じ妄想ファンタジー学説で、とうにゴミ箱行きのものなんだが。。
 そりゃ、歴史SF フィクションなんだから、どういうモデルをつくってもいいんだが、よりによって北朝鮮かよ。。

 それに、当時、百済が隋に高句麗征伐を何度も勧めていたよね(隋書東夷伝)。新羅の真平王も隋に高句麗征伐を要請してたよね(三国史記 新羅本紀  真平王33年(611))。朝貢して平和を保ちたいというのは、まだいいとして、わざわざ半島を攻めることを、あの煬帝に頼み込むというのは、どうかと思うよ。この件は、著者は書いていない。報道しない自由ですかねえ。

  焼夷弾は、ビザンチンのギリシャの火をモデルにしているようだ。ネストリウス派キリスト教徒から教わったという設定だろうか? しかし、成分は全く違うようである。このギリシャの火はACE674年〜678のコンスタンティノープル攻囲のときムスリム軍攻撃に使われたのが有名だが、これはカリマコスの改良型だったようだ。それ以前にも、より性能は劣っただろうが同様の焼夷弾系の武器はあり、ACE515年ごろのヴィタリアンの反乱で使用されている。また3世紀での似た兵器の製造法記述もあり、更に古い類例もトゥキディディスにあるようだ。したがって、聖徳太子時代にノウハウもった人間が日本にいてもおかしくはない。


  
posted by 山科玲児 at 08:46| Comment(0) | 日記

メンテナンス?

メンテナンスのためか、2日ほど、このブログの アクセスに一分近い時間がかかっていたようだ。運営にクレームつけたが、今日からは普通になったようである。

posted by 山科玲児 at 06:58| 日記