2021年04月17日

顔料と贋作

  贋作は、顔料でバレる場合が多い。だから、あのファン・メーヘレンは、顔料を17世紀フェルメール当時のものを再現して使っていた。だから裁判で、自分が贋作したと主張しても、検察側から「これは本物のフェルメールだ、おまえはナチスにフェルメールを売った売国奴だ」と主張されるという皮肉なことになったのである。

  一方、張大千の贋作は、結構ラフで、Freer Gallery;(伝)李公麟(11世紀):呉中三賢図巻では、チタン白を使っていてあっさりバレていた(REF1)。

  今回
司馬江漢「東海道五十三次」の真実
https://honto.jp/netstore/pd-book_30542209.html

からみで、でたのは、司馬江漢と称する画冊でクロム・イエローが使われていた、という問題である。
クロム・グリーンという報道もあったが、クロム・グリーンはクロム・イエローとプルシャン・ブルー(北斉も使ったベルリン青、1829年ごろから普及)との混合なので、既に司馬江漢は十年前に死んでる。基本はクロム・イエローだけ考えればよい。クロム・イエローは、1818年、司馬江漢の没年にヨーロッパで工業化された(REF2)、のだからこれは無理、というのが常識だろう。
当時は飛行機とインターネットの時代じゃない。
 「こういう推測ではダメ、ひょっとして万一」という希望的観測をぶち破るために、プルシャン・ブルーの場合、どういう時系列で日本で普及したか?というデータをおく(REF2 REF3)。
 発明は1704年
 1750年までには全ヨーロッパに製造法が知れ渡った。
 1770年の年紀がある絵がプルシャン・ブルーを使った古い絵。
 1829年ごろ、オランダ渡りのベルリン青が摺り物に使用
 1830年 渓斎英泉が団扇絵に使い大流行

なんと最低でも50年かかっている。

 これだけで、司馬江漢「東海道五十三次」が贋作であることは明白だろう。

REF1  Fu-Shen, Chang Dai-Chen's The Three Worthies of Wu and His Practice of Forging Ancient Art, Orientations, vol.20 No.9,1989/9, HongKong
REF2  ラザフォード・J. ゲッテンス, ジョージ・L. スタウト,  絵画材料事典 ,  翻訳 森田恒之,  美術出版社, 1999
REF3  小林忠・大久保純一「浮世絵の鑑賞基礎知識」至文堂
posted by 山科玲児 at 08:54| Comment(0) | 日記