2021年04月22日

ジェノヴァへ とばっちり

Spain Caravaggio.jpg



どうも、マドリードで新発見のカラヴァッジョ作品(上イメージ)と比較して、
同じ主題の ジェノヴァの美術館にあるカラヴァッジョ作品がダメなんじゃないかという意見がでているようです。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CaravaggioEcceHomo.jpg

Angela Ottino Della Chiesa,  Tout l'oeuvre peint du Caravage. 1967
を再読すると、もともと1967年の時点でこのジェノアの作品は 疑問作 というあつかいだったようですね。
しかし、トバッチリといえなくもない


posted by 山科玲児 at 18:21| Comment(0) | 日記

広重「東海道五十三次」と模倣

東海道五十三次.JPG

安藤広重の東海道五十三次について、他人の作品や版本(名所案内など)からの借用が多いという研究がすすんでいるようだ。
しかし、近代芸術家 以前の絵画というのは、だいたいそういうものではなかろうか

むしろ「絵手本がなければ描けない」「絵手本が到着したので制作します」
「毎日道具をかついで戸外にスケッチをする青年は、死の世界の思想に沈酔し、東方哲学の生きた宇宙を、西方物質文明の死の世界へ変えようとしているのだ。」(金城「談国画的学習方法」1920)
とかいうような、模写模倣命が主流・正統だったのではなかろうか。

 そういう中で、完成度が高く日本的叙情に満ちた作品を完成したのが、あの保永堂版の東海道五十三次だったわけである。パクったという作品で、あれより優れたものがあるなら教えてほしいものである。
 そういう意味では北斎の富岳三十六景というずぬけた作品にも、そういう種本さがしがあってもいいだろう。

 音楽でいうと、フレスコバルディがメルーロの作品を模倣しているが、聴き比べるとやはりフレスコバルディが優れている。またフローベルガーはメルーロやフレスコバルディの流れをくんだ末流のようにみえるが、それでもいくつかの曲には独自の味を出していると思う。絵画でもそういうカイゼン的な進歩はあるだろうし、安藤広重を、むやみに「天才」ともちあげると、かえってその真価を見失いそうだ。

posted by 山科玲児 at 07:34| Comment(2) | 日記