2021年04月28日

プラドの十字架降架【訂正】

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佐藤 直樹, 東京藝大で教わる西洋美術の見かた (基礎から身につく「大人の教養」)  2021/1/27
https://honto.jp/netstore/pd-book_30701946.html

の、あまり馬鹿馬鹿しい間違いは、そのうち重版訂正や正誤表になるだろうから、あえてとりあげません。ここでは、長年親しんだ初期ネーデルランド絵画のことに限ります。プラド美術館の十字架降架の作者と翼部の再構成についての問題だけ論じます。

まず、この第3回講義のなかで、

45p>ロヒールの作品には1点も署名が残されておらず。記録もないのですが、
52p>記名作品を残さなかったがゆえに、基準となる作品がロヒールには実は存在しないのです。カンピンが姿を次第にはっきりとさせているのとは対照的に、その姿が揺らぎ始めています。

 こういう連呼は、ミスリードです。カンピンのほうも署名作はないし、記録もない。
  カンピン(カンパン)については、画家としてトルネで活躍し、ギルドの長にもなったという事績は残っているが、現存の画でカンピン作という伝承・記録をもつものはありません。困ったことにトルネの古文書館が第2次世界大戦で破壊されたので、そこからは今後新資料発見ができないという事情もあります。
 その一方、ロヒール・ファン・デア・ワイデンについては、
  フェリペ2世のころのスペイン宮廷の目録では、エスコリアルの大きな磔刑図 はマスター・ロジェの作品と記録され、ブリュッセル郊外のスヘウトのカルトジオ教会が1555年に売り、また代替品としてモルの模写を受け取ったときの古文書にも、マスター・ロジェという記録がある。また、プラドの十字架降架については、ビンシェのマリー・ダングロワ(ハンガリーのマリア)の宮廷礼拝堂にあったときに既に「ブリュッセルの正義の壁画と同じ画家」という記録がある。いうまでもなく「ブリュッセルの正義の壁画」はロヒールの作品として有名なものでした。戦火で消失してしまいましたが。

つまり、現存作品と結びついた記録は、少数で同時代資料とはいえないとしても、ロヒールのほうがあるわけです。

 これはミスリードですね。

 次に、年輪年代法の結果をみてみましょう。
 プラドの十字架降架の基底材の材木が伐採されたのは1425年と推定されています。バルト三国あたりから出荷され、船で運ばれ、何年か枯らして使用することを考えると、ちょっと推定制作年代に接近し過ぎていませんか? パリの受胎告知が1424年伐採材、ロヒールの素晴らしいベルリンの女性像が1426年伐採材、ミラフローレス祭壇画が1427年伐採材ということを考えると、ロヒールが独立した後の制作と考えるのが妥当でしょう。

次に、
Felix Thuerlemann,  Robert Campin,  2002/11/1
による、ロベール・カンパンとロヒールの合作説ですが、、
この人Felix Thuerlemannは1993年に既にロベール・カンパン説を発表してたんですね。ずーっと主張されてきたわけで最近になって言い出したわけではないようです。ドイツ語の本だし、英語版はあるようですが高価なので、あえて読む気にもなりませんので、佐藤 直樹氏の本にのみよります。フランクフルトの三枚の絵がプラドの十字架降架の翼部であったという推論が述べられています。

第8図に 多翼祭壇画の外面のグリザイユの復元図があります。左の方はフランクフルトの三位一体でいいとして、右はなんでしょうか?これは、ルーヴァンにあるエーデルヘーレ祭壇画の外側にあるグリザイユ(上イメージの右)なのです。このエーデルヘーレ祭壇画の中央画面はプラドの十字架降架の縮小コピーなので、外翼のグリザイユもプラドの十字架降架にもとあったものをコピーした可能性があることは当方もとっくに論じておりました。
エーデルヘーレ祭壇画の外翼グリザイユについて
http://reijiyamashina.sakura.ne.jp/eedelhe/Eedel.html

縮小コピーなので当然サイズは違います。高さ1mです。

しかし、それなら、全部エーデルヘーレ祭壇画にあわせるべきで、こういう中途半端な組み合わせはいかがなものかと思います。
【訂正】
>それに図7の内側の画面の再構成ですが、中央が十字架降架やピエタ・磔刑図である祭壇画で聖母子が内側の翼というのは、例がなく甚だおかしい。 
と書きました。確かにこの場合は不調和で、ありそうにない再構成ですが、一般論で「十字架降架やピエタ・磔刑図と聖母子像が共存する祭壇画」は、特にイタリアにはあるわけですから、一般論としては成り立たないことに気がつきました。聖母の7つの悲しみ・聖母の7つの喜び のような並列的な作品ではなおさらでしょう。この件、お詫びします。

【訂正終わり】

  さらにフランクフルトの聖母子と聖ヴェロニカの背景は見事な織物の垂れ幕になっていますが、プラドの十字架降架の背景は単なる金地です。なんで共通してないんでしょうね。垂れ幕を背景にする設定は、ロヒールでもエスコリアルの大きな磔刑図 でも採用しているのだからロヒールだからやらなかったわけではないし、カンピンだからやったわけでもない。

 Liverpoolにある、おそらく原作がカンピンまたはその周辺の画家であったであろう模写本を考えると
カンピンの先行作品はあったと思いますし、その断片がフランクフルトの盗賊である可能性は高いと思いますが、だからといって、プラドの十字架降架がカンピン工房作とはいえないでしょう。

 こういう 再構成は、ヒエロニムス・ボスの作品でも試みられましたが、あまり成功しておりません。成功したのは、同じ材木であることが確かめられた 放浪者・愚者の船・守銭奴の死 祭壇画の場合ぐらいです。
 プラドの十字架降架とフランクフルトの三枚の絵は関係ないと考えるべきでしょう。

主要REF. Rogier Van Der Weyden: The Complete Works First Edition Edition  by Dirk De Vos 、Harry N Abrams; First Edition edition (April 2000)

posted by 山科玲児 at 09:43| Comment(0) | 日記