2021年05月28日

ジョスカン:ミサ パンジェ・リングァ




東京在住中に、優れたコンサートに何度も触れたヴォーカルアンサンブル・カペラが動画配信してます。

それも、ルネサンス音楽 傑作のジョスカン デプレ:ミサ パンジェ・リングァ

#うちでカペラ Part 7. 特別編 ライブ ミサ《パンジェ・リングァ》 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=VT8muEJP8D0

最後におまけで、これも傑作の
アヴェ・マリアまでついてます。お徳用です。

発作的にチャンネル登録してしまいました。
posted by 山科玲児 at 10:27| Comment(0) | 日記

張学良は人質だったか?

張学良.jpg



最近、西安事件の解説に触れて、前書いた疑念が更に深まった

2019年07月14日 張学良の軟禁
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/186271803.html

なぜ、張学良が長年 台北に近い淡水で軟禁され続けられていて、しかも、、その極秘が守られ続けたのか??

2019年に書いたように「張学良を殺すな」という命令が米国のキングメーカーたちから来たとしても、別に軟禁しておく必要はあるまい。ある時点で米国に引き渡すという手段もとることはできたし、行方不明にすることだって容易だったはずだ。

とすると、張学良は蒋介石にとって米国のキングメーカー・ディープステートに対する「人質」であった。彼が表に出て世界に真実を伝えたら、米国の権力者たちが揺らぐくらいの秘密を抱え込んでいた、ということだろう。つまり米国の国民党への援助を引き出す脅迫の材料だったのだ。
 この秘密は蒋家の極一部に伝承されたものだったので、途切れてしまった。張学良が生きているというニュースが出始めたのは、蒋介石の死のあと、蒋経国総統の晩年だったと思う。蒋経国はモスクワで学んだ人だが、スターリンに流刑されたりと散々な目にあった複雑な人だ。また、カーター大統領による台湾断交があり、人質としての旨味・重要性も小さくなっていたということかもしれない。秘密の重要性も関係者の死去などで、時間が経つにつれ小さくなっていったということもあるだろう。

そう考えると、西安事件への米国の権力者たちの関与という問題もでてくる。もっとも蒋介石が米国に対してもっていたネタはその件ではなく、もっと大きいものだったのかもしれない。




posted by 山科玲児 at 04:56| Comment(0) | 日記