2021年06月30日

大東文化大学の嵩山三ケツ銘 拓本


崇山太室 大観 a1.jpg


大東文化大学の拓本アルカイーブスに、
https://www.i-repository.net/il/meta_pub/G0000721f
嵩山三ケツ銘   拓本冊(宇野雪村旧蔵)というのがある。ダイレクト  リンクができないので、この検索画面からたどってほしい。左下の「全部」をクリックするとすぐみつかる。
 これは、結構おもしろい。
まず、太室闕の額がかなり明瞭に読める。近拓 書跡名品叢刊の影印でも茫漠としてとらえがたいものだ。宋拓本というふれこみの、台湾の「大観」にのった古拓本カラー図版(イメージは縮小したもの)と同じくらい明瞭だ。

大きいイメージは、嵩山太室石闕銘 「大観」掲載
https://reijibook.exblog.jp/29577591/

また、太室の銘文も読みやすい。そういう傾向は他の部分にもいえる。ただ、これは、補墨によって、字画をより明瞭にしたもので、本来の石肌とは違うかもしれない、ただ前半の小字の部分は忠実な拓本だと読解も臨書も困難であるから、そういう意味ではよいものかもしれない。
posted by 山科玲児 at 09:56| Comment(0) | 日記

平安時代の基幹産業  続

神護寺  山水屏風 部分l2.JPG

少年ジャンプの逃げ上手の若君の解説(本郷和人)

「平安時代や鎌倉時代前期までは、少し手を加えればいい耕地になる土地がまだあった。」
という文章がある。
これは鎌倉後期以降にそれがなくなるという記述であるが、逆に平安時代は新田新畑開発で高度成長していた、ということになる。

2018年11月22日 平安時代の基幹産業
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/185021726.html

で述べたように。
平安時代の農業の中心は、企業活動だった。自給自足的な小農家ももちろんあっただろうが、基本は下級貴族などが経営する企業が大規模農地を請け負うのである。
 こういう、企業としての農業は、やはり農業自体のパイがどんどん成長しているときでないと成立しにくいだろう。
 「寒冷化」と「土地開発のいきづまり」が古代資本主義を破綻させたのではなかろうか?
そして、「寒冷化」がモンゴルの南下のきっかけであったという説もきいている。これが元寇へつながっていく。

イメージは神護寺山水屏風の部分拡大
posted by 山科玲児 at 06:35| Comment(0) | 日記