2021年07月18日

兵法の達人 聖徳太子

勝軍寺 (3).JPG




聖徳太子で、話題として面白いのは、中世の太子信仰で、荒唐無稽の伝説・神話がつくられたことですね。楠木正成が四天王寺で触れたという聖徳太子未来記という予言書の話は知っていましたが、
石田公成氏の本、
聖徳太子 実像と伝説の間
https://honto.jp/netstore/pd-book_27630731.html
によると、

「中世には兵書を伝授された兵法の達人として秘術を尽くして戦う太子を描くものまで登場しています。このため、戦国時代になると『日本無双の勝軍神』としてあがめ、戦の神とみなして戦勝祈願する武士もいたほどです。」
実際
聖徳太子流
という軍学兵法もあるといいます。

大阪南部の河内には、聖徳太子ゆかりの「下の太子」と呼ばれた勝軍寺があります。
この寺「元弘の乱の折、楠木正成が河内に兵を挙げるや、勝軍寺に詣でて太子の霊に告げ」(ref)
だそうです。
この勝軍寺には太子の四大臣の像という伝えがある4像があります。上に2体を示します(image  source:ref 写真著作権消滅済み)。もとは四天王だったようで、法隆寺の四天王を模倣して平安時代につくったものと推定されてます。
ref 東洋美術、第2册 1929年6月28日 安藤更生 勝軍寺の佛像 ー止車館隨錄ー 、飛鳥園、奈良
posted by 山科玲児 at 09:09| Comment(0) | 日記

法隆寺釈迦三尊像光背銘

金堂釈迦三尊像光背銘IMG1.jpg


法隆寺釈迦三尊像光背銘の原物のカラー写真(飛鳥園  撮影)だけをめあてに
最新号 芸術新潮
https://www.shinchosha.co.jp/geishin/
【1400年遠忌記念大特集】
聖徳太子 日本一有名な皇子のものがたり
聖徳太子  特集

を買ってしまいました。

実際、当方がなんとかみつけた原物写真で充分拡大できるものは、大正6年の法隆寺大鏡
の図版(イメージは部分拡大)ぐらいでしたからね。文字の線が写真ではっきりうつるように、白い物質を点画にいれているようですが、行書っぽい書風が窺われます。また、字画以外の青銅面の状態もわかりやすいようです。実のところ、この銘文の拓本には金属版模本から採ったものが多いので、実物から採った原拓なのか判別するためにも、この写真は重要なのです。

  
posted by 山科玲児 at 06:31| Comment(0) | 日記