2021年09月03日

日本収蔵 中国古美術


【海外の反応】「この世に二つとない中国の国宝が、なぜ日本だけに残されている?」大切に保管している日本に対する嫉妬が止まらない【日本のあれこれ】 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wQcxv9ktWjw
https://youtu.be/wQcxv9ktWjw


この動画の中国人のコメントに、
「収蔵じゃなくて略奪だろ」
「紹介された文化財のほとんどが中国から日本が奪ったものなんだ。中国人は急いで取り返さないといけない」、
というのがあるが、無知も甚だしい。こういう無知による思い込みは、今後、大変な事態を招く可能性があるので、早めに証拠をあげて正確に訂正しておかなければならない。また、さらに危険なのが日本国内の無知蒙昧な政治家や財界人、学者(!?) などが、中国に返還すると言い出しかねないことだ。
 そういう連中の盲動を事前におさえなければならないので、ここで全10点についてコメントしておく。

1. 螺鈿紫檀五弦琵琶 正倉院 ACE756年に光明皇后から正倉院へ収められたもの。東大寺献物帳の国家珍宝帳(ACE756)に記録(ref1)。。なにが略奪だ、、

2. 金印:後漢書にもあるように、光武帝から下賜されたもの。なお中華人民共和国にも金印は何点もあるのだから、嫉妬することはないでしょう。

3.曜変天目  16世紀以前の輸入品 堺の豪商 津田宗久の旧蔵と伝える。後  徳川将軍家−>春日局−>稲葉家::中華人民共和国にも割れたのが一点ありますよ。南宋の杭州王宮遺跡から出たものです。貴殿らは惜しいと思わないで割ってしまったんでしょ。

4.瀟湘臥遊図巻 美術商:原田吾朗氏「瀟湘臥遊図巻といっしょに郭葆昌(袁世凱の側近の一人)を通じて、その親戚の方から譲って頂いたのです。」「金額も相当はったのですが」。原田氏から購入した菊池氏は関東大震災のときに、この絵ともう二点を首にかけて命がけで避難しました(ref2)。

5.喪乱帖、 真蹟ではなく精巧な模写本。、おそらく正倉院にあったものが平安時代初期に流出し、桓武天皇(-ACE805)のもとにあった(「延暦勅定」印に基づく)。その後17世紀に後水尾天皇のもとで、分割され掛け軸装になったもの(ref3)。

6.観音猿鶴図:元時代の中国の本 図絵宝鑑(ref4)によると、牧渓の絵は「上品な文人の鑑賞には堪えない」と低く評価されてますので、日本に室町時代にもちこまれたものです。

7.猛虎食人ユウ 1935年以前の購入。フランス パリのチェルヌスキー博物館にもありますが、フランスには文句いわないんだね。

8.無準師範像、こういうのは「頂相」といって、弟子(日本人)が修行が終わったあと師匠から下されるものですよ。まあ、費用は間接的に弟子(日本人)が出していたかもしれませんが

9.紅白芙蓉: 曽我宗誉(紹仙子 16世紀)の模写本があるので、それ以前の伝来(ref5)。

10. 菩薩処胎経: これは最古の写経ではありません。西域からの出土品にはもっと古いのがあります。伝世(地上で手から手に伝わった)もののなかでは最古です。知恩院第七十五世養ガイ徹(1814-1891)の収集です。明治時代にどうやって中国から略奪するのですか? (ref6)


ref1. 第42回正倉院展 図録、1990に東大寺献物帳の国家珍宝帳が全部影印、寧楽遺文にも活字化されている。
ref2. 鶴田武良、原田吾朗氏聞書、日中友好協会、中国明清名画展、1992に収録
ref3, 太田晶二郎、王羲之「孔時中帖」について--特に其の前に接してゐた帖、東京大学史料編纂所報(通号三) 一九六八、十二〜二十二頁。

ref4. 宋遼金画家資料、文物出版社、1984、北京

ref5.南宋絵画 、2004, 根津美術館

ref6.古写経  -聖なる文字の世界-     2004年10月     京都国立博物館
posted by 山科玲児 at 06:48| Comment(0) | 日記