2021年09月15日

唐詩選のテキスト問題

唐詩選国字解.jpg
8月のWEB東方では、
高畑先生が「『唐詩選』と『古文真宝』を再読する 」 というのを書いておられた。

しかしながら、現在、唐詩選で、面白い問題というと、
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/187616164.html
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/183288469.html

で指摘したように、江戸時代の日本で唐詩選の詩のテキストを、明の唐詩選の編集者の意に逆らって、より古いより良いテキストに修正復元した例があるということだ。つまり日本で普及した唐詩選テキストは、中国のものとは違う、ということである。

ただ、これが どれだけの規模で行われたのかは、明時代の原刊本  唐詩選の閲覧ができないので、当方には不可能である。おそらく他の有名詩にも、こういう改良がなされているのではないか。江戸の学者たちは、舶来の唐本を無批判に拝んでいたわけではなく、批判的に改訂して普及させていた、という証拠である。

イメージは、服部南郭  の唐詩選国字解

 

」  
posted by 山科玲児 at 06:30| Comment(0) | 日記

千々石ミゲルの墓



天正遣欧使節の一人、キリスト教を棄て大村藩士となったという千々石ミゲルの墓の発掘と遺骨確定が行われているようだ。
  諫早市多良見町山川内
というと、市街地のない家の少ない低い山が続く山の中,伊木力ミカン畑という感じのところである。

しかし、長崎新聞の紙面をみても舌足らずで、経緯が判然としない。ネットの千々石ミゲル墓所調査プロジェクトを閲覧してようやく解った。
https://migel-project.jp/
  千々石ミゲルの息子のお墓という伝承のある日連宗の形式の巨大な墓碑があって、千々石家の縁戚のかたが、供養していたようである。

これまでの経緯は、、
千々石ミゲル墓所調査プロジェクト
https://migel-project.jp/excavation/

天正遣欧使節は、ちょうどルネサンス後期の時代の南欧にいっているわけだから、
ドメニコ・ティントレットによる「伊藤マンショ」の油絵肖像がミラノで発見され、長崎で公開されたこともあった。
 彼らが聴いた音楽もゲレーロとか、オルテッツとかカバーニエスとかなんだろうな。故;皆川達夫氏が、「サカラメンタ提要」の研究により、日本に伝わったキリシタン音楽やオラショの原形が、現在は行われていないポルトガル・スペインの地方的 聖歌であったということを明らかにしたこともあった(洋楽渡来考)。

https://nordot.app/638193167760639073
posted by 山科玲児 at 05:46| Comment(0) | 日記