2022年04月02日

ミサ曲

西洋音楽ふるさと行脚.JPG


故:皆川達夫先生の著作「西洋音楽ふるさと行脚」、音楽選書19,音楽之友社、1982
は大変おもしろい本で、前半は論文風の西洋音楽史のまじめな記述
後半はワイン話・ワグネリアン話などくだけたエッセイになっている。とくに、後半のワグナー話は抱腹絶倒だが、前半の音楽史の方法論を論じたところも読ませる。

第一部、五番目の文章
音楽史におけるルネッサンスーミサ曲の変遷を通して
を読んでいると、われわれが普通にいう「ミサ曲」バッハのロ短調ミサやパレストリーナ「ミサ・ブレヴィス」ベートーベンの「ミサ・ソレムニス」が全て「キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイ」になっていることに、ある不思議を覚える。短い「イテ・ミサ・エスト」は必ずしもセットには入らないので除いて5曲とする。

ミサ曲(ウイキペディア)
でみるようにこの5つの歌はミサ典礼のなかではバラバラになっていて、つながっていない(キリエとグロリアをのぞく)。演奏会や録音(CDなど)で聴くときは、たいていは、5つがつながって演奏されるから、現実のカトリックの儀式典礼のときもつながっているかのように勘違いしているが、実はそうではない。

つまり、このセットは純粋に音楽的セットなので、この5つを音楽的に一貫した統一体として作曲する必然性はミサ典礼儀式の構成からはなにもないのだ。

この5つ(6つ)のテキストとほかの祈りとの差は何かというと、これらは
[通常文] といって、日曜日や祝日のミサではいつも変わらない。その他の祈りや説教は日によって差し替えられる。ただ、レクイエムではグロリアがないという特例はある。
この差し替えられる祈りは「固有文」と呼ばれる。
固有文まで全部作曲することは少ないが、
シャルパンティエの傑作:静謐極まるポール・ロワイヤルのためのミサ の場合、なんと珍しいことに固有文まで作曲している。
M.A. Charpentier a Auch : Messe pour le Port-Royal par l'Ensemble Arianna et Frederic Munoz
https://www.youtube.com/watch?v=iVTQQHNQv_I

また、多量の固有文を全部作曲しようという大集成をやった例は12世紀のノートルダム楽派の「オルガヌム大全」、16世紀初めにハインリヒ・イーザークとその弟子ルードビッヒ・ゼンフルが作曲した「コラーリス・コンスタンチヌス」がある。

posted by 山科玲児 at 08:11| Comment(0) | 日記

アンデス  ティワナクのリアル土器



芝崎みゆき様に教えてもらったんですが、、
https://twitter.com/heppocoshine/status/1507325422836584451

21世紀になって、ペルー・ボリビア国境チチカカ湖の中のパリティ島から、ティワナコ/ティワナク時代ACE1000年ごろの遺跡(墓)が発掘され、そこから出た土器に、異様なほどリアルな顔貌描写のものが何点もあった。

日本で開催された古代アンデス文明展でも展示されたようである


フィンランド・ボリビア共同発掘隊での2003-2006年の研究業績:
これに関する発掘調査 論文は、
https://www.academia.edu/7322149/Pariti_The_Ceremonial_Tiwanaku_Pottery_of_an_Island_in_Lake_Titicaca
こういうリアルな顔の描写土器は、北部海岸地帯の  モチェ文化の特徴で、多数発掘されている。
したがって、もしこの土器が盗掘されて、海外でオークションされたりしたら、果たして  ティアワナクだとわかるだろうか?  おそらくモチェの土器として売られるのではなかろうか?
 この発掘では、同時にワリ・ティアワナク様式の模様的なデザインの土器もでている。
つまり、あのリアル土器と模様的な土器は同時代同地域のものなのだ。
 このことは、
アルカイックなものからリアリズムへ進歩発展するという図式にはなにか大きな誤解があるのではないか??という疑念を私に迫るものである。
posted by 山科玲児 at 07:34| Comment(0) | 日記