2022年04月14日

兵は詭道なり


呉の孫子の第一章「計篇」に「兵は詭道なり」

とあります。戦争・兵法は「騙す」ことだ、ということです。

とすると、現代、ウクライナとロシア間で戦争がおこっているのは確かですから、
ウクライナもロシアも双方とも膨大な「騙し」「嘘」「フェイクニュース」を吹き出しているはずです。

この「騙す」のは「敵を騙す」だけではなく「味方を騙す」ことも含まれます。特に民主主義国家では戦争遂行のためには国民の支持が不可欠ですから(クラウゼビッツだって言ってた)、味方を騙すのにも労力を使います。イラク戦争・真珠湾攻撃、など例はいやというほどあります。

 こういう2000年以上も前からの格言があるのに、戦争当時国の元首やマスコミのいうことを素直に信じる連中なんて、よほど抜けてると思いますね。

posted by 山科玲児 at 20:09| Comment(0) | 日記

ブリュッセル王立美術館の佳作

BurnJones_Marriage_Psyque (1).JPG

ブリュッセルの王立美術館には、思い出深い名画があるのですが、
ちょっと異風なものに、ラファエル前派のエドワード・バーン=ジョーンズの作品があります。

プシュケーの結婚

もともとバーン=ジョーンズは好きだったのですが、これは良かったなあ。写真撮った上に(イメージ)絵葉書まで買いましたから。なんか葬いみたいな荒涼とした風景の中の行列ですが、、、

同じフロアにはダヴィッドの「マラーの死」もありました。これは晩年、フランスからベルギーへ亡命したというダヴィッドの経歴のせいでしょう。

posted by 山科玲児 at 06:48| Comment(0) | 日記

メロード祭壇画とブリュッセル

Brussel Anunciation.jpg



ネーデルランド絵画の論文サイト

Bernhard Ridderbos
Choices and Intentions in the Mérode Altarpiece - Journal of Historians of Netherlandish Art
https://jhna.org/articles/choices-and-intentions-merode-altarpiece/
これは2022年のリリースなので最新情報といっていいでしょう。

研究史がまず書いてあるので、そこを楽しく?よみました。あとのイコノロジー的分析は煩雑なのであまり読んでません。
このBernhard Ridderbos氏はオランダのフロニンヘン大学の人で、オランダ語の本もあるようなのでオランダ人みたいです。

 どうも、メトロポリタン美術館クロイスターズの重宝:メロード祭壇画
https://www.metmuseum.org/ja/art/collection/search/470304

の中央画面「受胎告知」は、ブリュッセルにある「受胎告知」(イメージ)
https://www.fine-arts-museum.be/fr/la-collection/maitre-de-flemalle-robert-campin-l-annonciation

がもとになっているものだ。という見解が最近主流になってきているようで、かなり驚きました。それで、メトロポリタンのサイトでは「工房作」という曖昧な表示になっているのか。。
なお、ブリュッセル作品の画像は論文の中のイメージが割と精緻で、王立美術館サイトのものより良い写真です。
またハンガリーのWEB GALLERY OF ARTにも良い写真があります

 どうも例によって赤外線レフレクトグラフィーで絵の下にある下絵素描を観察した結果、ブラッセルのものは変更が多いが、メロード祭壇画には下絵自体あまりないというようなことから、完成された絵画から写されたのでは、、と推論されたもののようです。またメロードの天使の下絵はブラッセルの天使に似ているのですが、その後制作段階で変更されているそうです。でも、それならちゃんと変更があることになるなあ。。矛盾してませんかね。。聖母の姿勢も違うしね。ただ、メロードのほうがより2次的な作品であるということはいえそうですね。

 当方、このブリュッセルの絵はかなり前、2006年に、おそらく対になる「聖グレゴールのミサ」とともに観ました。そのときの感想は。。

フレマールの画家(15世紀初期)とされる2枚の絵
 「受胎告知」
 「聖グレゴールのミサ」は意外と大きく、かつ質が良かった。この2点は全く同じ大きさであり、同じ祭壇画の1部だと考えられているようだ。

ということで、自分ながら、結構良く観察してましたね。後に再訪したときは、「受胎告知」のほうは展示されていなかったので見過ごしました。今サイズをみるとそう大きくないのですが、ずっしりとした絵画で大きくみえたことは確かです。ただ、観たときは同じ大きさにみえたのですが、あとで調べると少し違いました。

 ブラッセル王立には、どこから入ったのかというと、「受胎告知」は、なんと1910年に英国ロンドンの美術商から買ったものだそうです。ほんとにベルギーの文化財って、流出・略奪がひどかったんだなあ、と思います。

posted by 山科玲児 at 04:48| Comment(0) | 日記