2022年05月08日

ボッスとパティニール

Bosch Epiphany Prado.jpg

石川美子「青のパティニール 最初の風景画家」(みすず書房)
http://www.amazon.co.jp/dp/4622078449

この本にある、

ヒエロニムス・ボスの「三賢王礼拝」(1494頃、 プラド美術館)上イメージ
http://www.wga.hu/html/b/bosch/91adorat/01tripty.html
https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/the-adoration-of-the-magi/666788cc-c522-421b-83f0-5ad84b9377f7

の風景をパティニールが描いたという推測は残念ながら成り立たなくなった。


というのも制作年代が1497年以前の1490年代であるということがわかってしまったからだ。妻のほうの寄進者が1497年に逝去しているから。しかもわりとすぐ再婚している。
プラドは、制作年代を1494年頃としている。パティニールはまだ10代前半だろうから、いくらなんでも無理である。
昔の推定では晩年作とされていて1510年ごろとされていたので、そういう推定もできる余地があった。

そうなると、パティニール風風景画の創造者はヒエロニムス・ボッスであり、パティニールは弟子として、風景画家としてのボッスの様式をより純粋に発展させたという位置づけになる。

posted by 山科玲児 at 15:50| Comment(0) | 日記

ブルガリア出土の漢玉

古玉圖考 剣飾.jpg

ローマの金貨が南ヴェトナムで出土したり、漢の漆器がアフガニスタンで出土したりすることは従来あった。なかでもシベリアの奥パツィリークの墓からでた戦国時代末期の絹の刺繍はめざましいものである。

    発掘された品の美術的価値ではなく、あるいは、そのもの自身の美術的価値より以上に、背後の物語を想像させるが故に、貴重なものである。
香港の古美術雑誌 Orientations vol.53 No.2, March/April 2022, 112p-120P
のハンガリーのKristina Hoppal, Rome and China Endpoint of the Ancient Silk Road
は東欧での出土品を紹介していた。ブルガリアの墓からでた漢時代の白玉剣飾というのは、ちょっとめざましい。
Stara Zagora地方の Catalka(Chatalka)にある古墳から発掘された。重装備をまとっているローマ軍人の埋葬だった。ACE1世紀末と考えられている。

別の論文がネットにあって、写真・図版とも紹介していた。
A Han-dated ‘hydra’-type nephrite scabbard slide found in Chatalka (Bulgaria): the earliest and most distant example of Chinese nephrite distribution in Europe
https://www.academia.edu/9234763/A_Han_dated_hydra_type_nephrite_scabbard_slide_found_in_Chatalka_Bulgaria_the_earliest_and_most_distant_example_of_Chinese_nephrite_distribution_in_Europe


この玉器は、サルマタイ風の鉄剣に付属していた。
もし、、これが、そういう履歴なしでケースに入っていたら、疑いなく中国内地出土の漢時代の玉器だと考えるだろう。時代は前漢後期かな、という感じである。明らかに中央(洛陽や長安などの諸都市)の作行きであって、地方作品・辺境作品という感じは微塵もない。
  呉大徴の古玉圖コウに図版がある(上イメージ)。
  C.T.Looの図録(1950)にも、よく似た玉剣飾が掲載されている(下イメージ)。
これは、どういう用途のものかというと
剣の鞘を帯に紐でつけるための金具(玉製ではあるが)である。
江戸時代では刀の鞘は帯にさした。しかし、ササン朝ペルシャでは紐でぶら下げている。そういや、有名な聖徳太子像でも剣はぶら下げである。

しかし、どうゆう経緯で、ブルガリア=トラキアのローマ軍人にたどりついたのだろうか? いろいろ想像を刺激するところではある。


CT LOO  Jade  d1.jpg
posted by 山科玲児 at 10:51| Comment(0) | 日記