2022年05月21日

画家はだれか?

walpole  christies 2017.jpg
Master_of_the_Morrison_Triptych_-_Morrison_Triptych.jpg


イメージの上がクリスティーズの絵 下がモリソン祭壇画


2017年4月の  クリスティーズのオークションででた、ちょっと興味深い作品

https://www.christies.com/lot/lot-attributed-to-hugo-van-der-goes-ghent-6068891/?intObjectID=6068891&lid=1

について、

最後に画家はだれか? と考えてみたい。
クリスティーズのほうはマーケティングの都合から、
ヒューホー・ファン・デア・グースにしたいらしい。

まあ、「サリヴァトール・ムンディ」がレオナルド」が通る世界なら、十分通るだろうが、なんか違うと思う。

年輪年代では伐採年は1465年ごろ、、一般論では10年ほど後の使用が多いようだ。そうなると1475年ごろ。ただ、このころのフースは、ブラッセル近郊の「赤の修道院」に入っているはずなので、まさか助手も一緒に修道院に入ったとは思えないから、基本は修道士の中の画家が助手になったのだろう。
ポルテナリ祭壇画は、最終段階は、修道院で仕上げられたようであるが、ともかく、「聖母のお眠り」などの晩年様式の作品は修道院内の制作だったのだろう。それらと、クリスティーズの絵とはかなり違う。

修道院に入ったとき、もとフースの助手は、フリーになったか他の画家の助手になったと考えられる。そういう人の作品じゃないかと思われる。

クリスティーズ サイトの文章LOT ESSAYによると、スペイン個人所蔵の磔刑像が同じ画家だとみているそうだ。その絵は今プラドに入っている。
The Crucifixion with Saints and Donors ,  Inventory number  P008369
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/calvario-con-santos-y-donantes/32250b0f-a30a-4357-b417-3ff4a095b08f
 これと比較するとクリティーズの聖トマスと プラドの聖ヤコブがかなり似ていることは否定できない。ただ、聖母や聖女たちはそれほど似てはいないようにみえる。

一部ではムーランの画家ことジャン・エイじゃないか?という説もあったが、現在では否定されているようだ。

 当方は、「モリソン祭壇画のマスター」の作品じゃないか、と思う。

「モリソン祭壇画のマスターMaster_of the Morrison Triptych」というのは、米国トレド美術館所蔵のモリソン祭壇画を描いた画家に仮につけられたあだ名である。
モリソン祭壇画
Master_of_the_Morrison_Triptych 米国オハイオ州 トレド
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Master_of_the_Morrison_Triptych_-_Morrison_Triptych_-_Google_Art_Project.jpg
   モリソンというのは、英国人蒐集家Alfred Morrison( 1821-1897)のもとにあったのでつけられた名。
他には
フィラデルフィアの三王礼拝
などの作品が同筆とされている。当方が「モリソン祭壇画のマスター」を知ったのは,
バヤドリッド祭壇画をめぐる考察でだった。
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178162656.html

クリスティーズの絵とモリソン祭壇画を比較してみよう。

・建築物の様式・配置が細部はともかくとして、酷似している。ホッサールトやデビーアにも建築構成と風景の組み合わせは、あるが、トレド美術館の絵とこのクリスティーズの絵はこの部分に限り、同筆といってよいのではないか?


・聖者たちの描写は、トレドのほうは類型的でメムリンクの作品から模写してきたかのようなものだが、クリスティーズのほうは肖像的で個性がある。

・メムリンクの影響
  これは、LOT ESSAYにもかなり書いてある。

など、かなり似ている。

ただ、聖母の顔がモリソンの画家の聖母とは少し違うのが気になる。ただ、あくまでクリスティーズの絵は下書きにすぎないので、その下書きとトレド美術館の絵の油彩の完成状態を比べているのだから。。また、女性関係の変化で聖母のモデルが変わったというケースもあるかもしれない。

  クリスティーズの絵で、もう一つ、気になるのは、枢機卿の服装をした聖ヒエロニムスの顔がなんとなく、オータンの聖誕図(ムーランの画家・ジャン・エイ)に描かれたジャン・ロラン枢機卿に似ていることだ。ムーランの画家=ジャン・エイがこのクリスティーズ絵を描いたのではないかという推測はそこからでてきたのではなかろうか?
もし、この聖ヒエロニムスのモデルがジャン・ロラン本人なら
JEAN HEY
ではなく、ロラン家と関係が深かったり、ブルボン公の宮廷にいた別の画家である可能性がある。いくつかの名前がムーランの画家の研究のさいにあがっているので、逆に「モリソン祭壇画のマスター」の本名をみつける手がかりになるかもしれない


posted by 山科玲児 at 15:42| Comment(0) | 日記

ロヒール・ヴァン・デル・ワイデン夫婦の肖像

weyden1.jpg

 

ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデン: 情動と優美のフランドル画家 2020/9/24勁草書房


の立ち読みで気になる ところが、
二〇〇九年のルーヴェンのロヒール展に、《祈る男と老婦人》という縦長の小品が展示された。個人蔵で図版を示せないが、ロヒール工房の作品であり、ロヒールと妻エリザベート・ホッファルツの肖像と推定されている。
である。図版がみれないというのは苛立たせるものである。
実はこの展覧会、行って少し失望していたのだが、当時会場で配られたリストを再度みていると、縦長の10センチぐらいのパネルとメモしていた。
一応は、チェックしていたらしい。ただ、それほどは上手い絵ではなかった。この画像は実は
に、ある程度精細なものがある。
画像は、岡部氏の本にもないだろうから、こちらでとっておくことをお薦めしたい。なお、このサイトに出てる画像には、この展覧会に出展していない作品が多数あるので、お間違えないように。これだけ出展されていたら失望することなどなかった。





  
posted by 山科玲児 at 11:31| Comment(0) | 日記

オトラント城綺譚とドン・キホーテの作者設定

Casa albert Madrid 2016.JPG





ホレス・ウォルポールのオトラント城綺譚が
「オトラントの聖ニコラス教会参事会員オヌフリオ・ムラルトがイタリア語で書いた物語を、英国人ジェントリ(gentry)郷紳ウィリアム・マーシャル氏が翻訳したもの」と設定したことに触れたが、
このことで、ミゲル・デ・セルバンテス「ドン・キホーテ」の興味深い設定をまた、思い出した。
「ドン・キホーテ」の興味深い設定については文学YOUTUBERムー氏が面白く解説してくださっている。要約すれば
「歴史家シデ・ハメーテ・ベネンヘーリがアラビア語で書いた古文書をセルバンテスが収集し、モール人に翻訳してもらい編集した」となっている。
セルバンテス / ドン・キホーテ 【 文学YouTuber ムー の 文学マップ #010】【 おすすめ 海外文学 古典文学 】【 スペイン文学 】
https://www.youtube.com/watch?v=QHXkCbxfTpg

シェイクスピア別人説 というのも、こういう慣習というか背景があるんだなあ、と実感した。


イメージはマドリードのセルバンテス旧居があったところ、1Fはカーサ・アルベルトというレストランになっています(当方撮影)。


posted by 山科玲児 at 05:36| Comment(0) | 日記