2022年06月13日

「古九谷」論争

古九谷菱畳地瓢箪文大皿1.JPG
大阪市立東洋陶磁美術館所蔵  当方撮影



「古九谷」論争は、邪馬台国論争のような広範な参加者はなく、陶磁研究者や好事家、コレクターなどの間だけの小さな論争ですが、延々と続いており、現在でもまだあるようですね。

東京渋谷の戸栗美術館の学芸員の方が簡潔にまとめられています。
学芸の小部屋 2015年8月号 「第5回:古九谷様式」

2000年ごろに、書いた、古九谷についての文章を再録してみます。少し性急な感じがしますね。
現在では、更に資料が多くなっているかと思います。

************  記  ****************
「古九谷」の消滅
Abstract
「古九谷」が、実は九州佐賀県有田の生産品だとわかったので、「古九谷様式」という名前が使われています。
Content
最近、美術館では、「古九谷様式」というラベルをみかけます。以前は、「古九谷」だったような、大皿につけてあります。これは、愛好者が多い高価な「古九谷」が、実は九州佐賀県有田の生産品だとわかったからです。
1998-1990年、有田 赤絵町の発掘によって、1660年ぐらいの層から、「古九谷」の代表である「青手古九谷」の陶片が出土しました。一方、石川県大聖寺の九谷古窯跡では、出土していません。この九谷古窯は、17世紀後半に30年程活動して潰れてしまった窯ですが、「古九谷」の生産地でないか?と期待されていた遺跡です。有田からでた陶片を、私も出光美術館でみましたが、明白な「古九谷」でした。そのときは出光美術館所蔵の古九谷様式の皿や壷と並べてありましたが、破片には、まったく同じ形・模様があり、説得力がありました。
いわゆる「古九谷」が石川県産なのか、有田産なのかについては、大正時代から論争がありましたが、ここで決着がついたといえるでしょう。
ただ、あっさり「江戸初期・寛文の有田」にならず「古九谷」の名がしぶとく残っているのは、このグループの陶磁器には、確かに他の「伊万里=有田」窯の作品とはっきり区別できる特色があるからです。また、1974年ごろでは「古九谷」と名がつけば「古伊万里」の100倍近い価格がついたからでもあります。今は古伊万里の価格も上昇しましたので、そう単純には言えないでしょう。同じ景徳鎮生産の陶磁器でも、官窯の琺瑯彩が「古月軒手」といわれて、珍重されるように、「古九谷様式」という言葉も生き残っていくかもしれません。また、まだ「古九谷」の名前を墨守しているところも多いようですが、だんだん少なくなるのではないでしょうか。
「古九谷」という名は、江戸時代にはなかったもののようで、明治以降の言葉のようです。おそらく古九谷様式の陶磁器が金沢を中心とする日本海側に大量に伝世していたせいでしょう。
金沢の石川県立美術館にも多数の「古九谷」が所蔵されています。これは北陸の米と九州の陶磁器が貿易されたためだといわれています。また、文化文政時代に九谷焼が興ったとき、「古九谷」様式にならった陶磁器も生産されたから、それより古い同様な陶磁器を「古九谷」といったのかもしれません。
古九谷様式の陶磁器は南海にも輸出されたらしく、インドネシアのジャカルタの博物館にもあります。日本では北陸以外に「古九谷」があまりみあたりません。海外輸出仕様の製品が生産地や国内ではまったくみあたらないのは、現代でもよくあることなので、同様の現象なのかもしれません。
posted by 山科玲児 at 08:18| Comment(0) | 日記

古九谷

古九谷大皿.jpg

   6月9日、東京国立博物館では、ひどく疲労していたので、法隆寺国宝館のソファで休み、本館ではあっさりとしたものをみるという方針で2Fにエレベータで行き、浮世絵から逆向きにみた。

江戸期の陶磁器は地方窯を多く出していたが、「伊万里」と書いてある2点は、どうみても「いわゆる古九谷」である。東京国立博物館の観点は「古九谷は、有田で生産された」で決まり、ということだろう。まあ20世紀末でも既に大勢はそうであったが、やはり長い間の「古九谷」論争、コレクターや商人、茶道関係者の利害などが絡まっていた。
更に石川県地元の利害もあり、この東京国立博物館の見解に対して
衆議院で石川県選出議員から質問がでたことさえあるようだ (2010年)

イメージは、いわゆる青手古九谷大皿(東京国立博物館  当方撮影)

産経がこのような記事を出していたが、いまひとつわかりにくいのは、編集した記者があまりよくわかっていないからだ、と思う。こういうとこは朝日新聞のほうがいい。
「古九谷」論争、突如の決着 旭学園理事長・高島忠平氏
https://www.sankei.com/article/20150605-IXC6XAODQZIIHAF5PK7UY4WYYI/
posted by 山科玲児 at 07:00| Comment(0) | 日記