2022年08月11日

ボス:ウイーンの最後の審判の伝世問題




どうも、当方とカラブリアのイタリア人Tania De Nileとが似たようなことを考えていたようである。シンクロニティを感じますね。

2016年09月04日
ボス展のカタログを読む その9 木材の話
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/176742543.html

でルカス・クラーナハ(父)がヒエロニムス・ボスの最後の審判をどこで模写したのか??
という問題を論じたが、似たような問題意識をもって、更に奥へ研究した人がいるようだ。
こういう問題は、どうしても推測が多くなるので、この論文もかなり推測が多いものになっているけれど、可能性としては、納得できる。


A new provenance study: the Vienna Last Judgement in 17th century inventories
Jheronymus Bosch. His life and his work. Atti del 4° convegno internazionale su Jheronymus Bosch, ('s-Hertogenobosch, JB Art Center 14-16 aprile 2016), 's-Hertogenbosch 2016, pp. 70-88., 2016
Tania De Nile
https://www.academia.edu/30852508/A_new_provenance_study_the_Vienna_Last_Judgement_in_17th_century_inventories


Tania De Nileの推測では、この絵画はかなり早くドイツ圏へ入ってルドルフ2世のコレクションに入っていた。その過程でクラーナハが模写する機会があった。その後三〇年戦争の略奪でスウェーデン軍にとられストックホルムへ。しかし、スウェーデン女王クリスティーナは 北方ルネサンス絵画は好まなかった。あのデューラーの傑作アダムとイブ(プラド美術館)でさえ惜しげも無くスペイン王フェリペ4世へプレゼントしているくらいである。クリスティーナは退位後大陸にいたっとき、多量の北方ルネサンス絵画を売却したりイタリア絵画に交換したりしたようである。おそらくブリュッセルで処分したとき、当時のネーデルラント総督でコレクターのレオポルドの手に渡ったのだろう。。。という推理である。


 
posted by 山科玲児 at 18:24| 日記

愚者の船 bosch項目修正




英語版のShip_of_Fools_(painting) を最低限修正。。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ship_of_Fools_(painting)

2018年10月20日
ボス展のカタログを読む 29 愚者の船の修理
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/184722914.html

で書いたような修復作業の問題が何も書いていないので、複数の違ったイメージの間に整合性がまるでなくなってしまっています。これはまた、妄想的な説の源泉になりかねないので、釘をさしておきました。
[追加]修理は2015年でした。
posted by 山科玲児 at 13:54| 日記

恐怖の谷

The valley of fear.JPG

シャーロック・ホームズ シリーズで、「恐怖の谷」は、どうもあらすじを暗記してるほど読んでいるとは言えない長編だった。その点では「四人の署名」なんかとは違う。
一応、Oxford  ANNOTED シリーズの本(イメージ)はあるので、とりだしてみたが、あまり読んでいなかったなあ。

なんか、最近だるい展開だったマンガ「憂国のモリアーティ」は、この「恐怖の谷」で一気に西部劇展開になって調子を取り戻しているようである。。 
 ホームズ シリーズでの、ちょっと面白い特色は植民地やアメリカなど外国での事件がロンドンに影響しているという設定が、結構あり、それが物語に大きな膨らみをもたらしていることである。

posted by 山科玲児 at 13:07| 日記

ベレンソン本 宮中図巻

宮中図巻 Berenson1.JPGBerenson0 (1).JPG
 往年のイタリア絵画研究の権威;矢代幸雄先生の師匠バーナード・ベレンソンの収集品には東洋美術も多少あり、しかも相当重要なものがある。
  これは、南宋初期紹興10年(ACE1140)に、その何世紀も前の周文矩の[宮中図巻」を白描で模写したというものの離れ残巻で、その事情を書いた跋文がクリーブランドにある別の断片残巻についている。どうもこのベレンソン本は長い巻物の最初の1/4らしい。ベレンソン本は高さ26cmの長さ122cmの絹の巻物である。


 昭和九年に写真をベレンソン氏からもらって美術研究に紹介された矢代幸雄氏だが、実見したのは、昭和27年にフィレンチェでベレンソン氏に再会したときだという。
「ベレンソン先生がこんなに高級な支那の古画をもってゐられようとは、想像もしなかったからであった。」(ref2)
「私が最もびっくりしたのは、その保存状態の悪さであった。糊の気が抜けて絹が下張りから浮いてしまってゐるばかりでなく、またその絹がまるで弱ってゐて、どこからでも欠け飛んで失はれるという有様であった」
(ref2)
その後、矢代氏のすすめで、日本で修理・巻子表装をしたものだそうである。
この長い巻物は4巻に分割されて、現在は、
クリーブランド美術館、
メトロポリタン(david旧蔵分)
、ハーヴァード(フォッグ美術館)
と、フィレンチェのベレンソンの別荘ITATTI, にある。よく考えれば、I Tattiもハーヴァードのものだから、2巻がハーヴァード大学の所蔵ということになる。
 複製、写真、実物観賞(クリーブランド本)などの経験から、四本を対照して考えて推定すると、このベレンソンのものが一番 良いように感じられる。ウブというかあまり過剰にいじっていないというか、古色を残して、オリジナル感がある。それは、おそらく、他の巻で過剰な修理が行われたせいだろう。

ref1  美術研究所、美術研究, No.25, 1934 矢代 幸雄「宋模 周文矩宮中圖」
ref2  美術研究所、美術研究, 第169号(1953年3月)  矢代 幸雄「再説宋模周文矩宮中圖」
ref3 美術研究所、美術研究,  第56号(昭和11年、1936年8月) 矢代 幸雄「宋模周文矩宮中圖の新斷片」

posted by 山科玲児 at 06:43| 日記