2022年08月27日

ボス展のカタログを読む 40 イタリア旅行



  ボスがイタリア旅行したかどうかについては、前
2019年06月02日 尽く書を信ずれば則ち書無きに如かず
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/186083187.html
の後半で書いたような破綻した記述があったので、「馬鹿馬鹿しい」「イタリアにいって学ばないと一人前でないというイタリア至上主義の反映だ」と軽蔑していた。
  しかし、1498年5月17日にス ヘルトーヘンボス市役所で作成された書類に、ボスがある期間不在であるか、遠くへ旅行する場合に作成される法律文書がある。
  そうなると1500年というたぶん重要な年にローマに巡礼するということではないか?と想像したくなった。50歳前後だったロヒール・ファン・デア・ワイデンも1450年という聖年にローマに巡礼しているし、ボスのご近所さんのお金持ち、はなんと聖地パレスティナに巡礼している。
 それを考えれば富裕であり地位もあった50歳前後のボスがローマ巡礼しても、それほどおかしくはないだろう。また、イタリアの影響が真作に無いという点はどうか。20代という若いころイタリア旅行したブリューゲルでさえ、シチリアのメッシーナまで旅行したわりには、イタリア絵画の影響は少ないという例があるのだから、成熟期を超えたボスの場合はもっと少ないだろう。
posted by 山科玲児 at 11:26| Comment(0) | 日記

ボストン美術館展 吉備大臣入唐絵巻


  今回の都美美術館のボストン美術館展
https://www.tobikan.jp/exhibition/2022_boston.html

 吉備大臣入唐絵巻が全部ひろげてあったのが、みどころかもしれない。
 これの良さは12世紀当時の日本人の中国に対するみかたを知ることができる、ということである。 浜松中納言物語の挿絵を考えるときは、この絵巻を参考にするといいかもしれない。浜松中納言物語はまさに、京都の貴族の女性が唐を想像して書いたフィクションの物語なのだから。
  もうひとつは、なんか眠っている人物がやたらに多いということである。
    第3に、絵巻内にある屏風に描いてある絵はいわゆる月次絵で唐風ではないことである。
    楼閣は、唐前期の李賢墓壁画を思わせるものがあり、馬の飾りにも唐三彩を連想させるものがあるから、なんらかの唐の粉本を参考にしてはいるんだろうけれど、ほとんどは関係ないようにみえる。

 この絵巻は当初軽視されていて、流出してから初めて慌てて文化財保護の法律ができたといういわくつきのものである。
 その原因は、今回末尾の鑑定文を読んでわかった。詞書きが「兼好法師の書」となっていたのだ。徒然草の兼好法師なら、鎌倉から南北朝の人である。その時代の絵巻なら多数残っているのだから、注目するに足りないと思われてもしょうがない。
 文献や文字記録だけで判断した結果の失敗であろう。。
posted by 山科玲児 at 09:14| Comment(0) | 日記

ボストン美術館展の中国絵画



今回の都美美術館のボストン美術館展
https://www.tobikan.jp/exhibition/2022_boston.html
にはちょっとした拾いものがあった。
 伝)范寛 雪山楼閣図
https://collections.mfa.org/objects/28222

である。これは、はるか昔、横浜そごうでみたときは、それほど評価しなかったが、今回は覆いはかけてあるとはいえ、至近でみることができたので、ずいぶんと印象が違っている。

1997年10月に横浜で観たときのメモ::
>    照明・かけてある位置 ともに悪く、片膝たてないとちゃんと鑑賞できないありさまなのは 残念でした。細かいところはMuseum Scopeでさえみえない。そうとうすれてしまっているのだろう か?

  まず、第一にこれは非常に破損がひどい絵画であるということだ。大欠損を補絹しているらしい部分が最上部にあるし、随所にある。また、すり切れて墨がおちてしまって図様がよくわからないところも多い。
 下部の2人の人物が橋を渡っているが、顔は全くわからない。左上に滝があるがその水がどうやって右下に回るのかわからない。「楼閣」はたぶん正面にあるのだろうがボヤッとしていてわかりにくい。
これだけボヤっとしてるから雪山にみえるので実は冬の景色ではないのではないか?とさえ思うくらいである。損傷があまりにひどい部分を避けて観ると結構迫力のある佳作であり、昔横浜でみていたときより高く評価したい。ただ、右上部分はなんか元時代の李郭派のような気持ち悪い部分もあり、果たして北宋なのか疑いたくなるところもある。

  もうひとつ  馬和之の詩経図である。
これは、もともと何巻もあって、その模写本が更に量産され、世界中に散っているものだが、京都の藤井有リン館本は良いものだとされている、このボストン本もまあ良いほうだろう。
 横浜のときとは違って ケースが大きく、冒頭から末尾の文徴明、乾隆帝の跋まで全部広げてあった。
posted by 山科玲児 at 08:46| Comment(0) | 日記