2022年09月17日

「カルメン」の借用




音楽の借用の例として、あのビゼーの傑作オペラ「カルメン」のアリア「恋は野の鳥」
がある。

スペインの作曲家セバスティアン・イラディエル( 1809年1月20日 - 1865年12月6日)の歌曲を民謡と勘違いして借用したようだ。原曲の演奏があったので紹介する。ビゼーはかなり変えているが、まあこれは借用だろうな。なんでも著作権料をオペラ上演のつどセバスチャン・イラディエルに払っていたときいた。

El Arreglito (Sebastian Yradier) - Ljubljana
https://youtu.be/8hyy5h9ee9Q

ビゼーの方は、こちら


posted by 山科玲児 at 16:35| Comment(0) | 日記

搬入路

escorial.JPG

 スペイン  マドリード近郊 エスコリル宮(イメージ 当方撮影)を観光したとき、順路の中にはずいぶん狭い通路があった。しかも通路の周りじゅう石造りでとうてい拡張したり、臨時に壁をとりはずしたりできそうもない。
 こういう狭い通路を通って大広間に出たりすると、この大広間においてある大きな絵や家具はどうやって搬入したんだろうと考えてしまった。

「順路」として指定された道以外に裏口の搬入路があるんだろうか?  それとも、当初は搬入できたのだが、その後増築したんで、通路がなくなってしまったのだろうか??

 ハプスブルク歴代王侯の墓所も狭い通路から入るが
あの大きな棺が狭い曲がった通路を通れたとは、どうも思えなかった。
posted by 山科玲児 at 09:18| Comment(0) | 日記

絵の大きさ

BruggeGruuthuuse.jpg


  プラドで「快楽の園」をみたとき、印象的だったのは、その高さ大きさである。
 やはり、これは実物に接してはじめて実感したものだ。
 すぐ近くに展示されていたリスボンの「聖アントニウスの誘惑」やプラドの「三賢王礼拝」よりずっと大きい。
 これは、普通の住宅にはとうていおけない大きさである。
 そして、当時の貴族でもかなり財力権力のあった貴族でないと注文できなかった大きさだと思う。
 例えば、ブリュージュの事実上の支配者であった ルイ・グリュートヒューゼ(金羊毛騎士団のメンバー)の館(イメージ 当方撮影)は、現存し、博物館になっているが、天井の高さ、入り口の大きさなどをみると、ここでは、おそらく「快楽の園」は展示観賞できない。ぎりぎりできたとしても、かなり無理がある。
 教会の大広間は天井が高く入り口も大きいから大丈夫だが、居住用の邸宅は、それほどは大きくない。
 ネーデルラント総督 マリー・ダングロワのピシェの城の大広間はそうとう天井も高く大きかったようだが、ブリュージュの貴族クラスでは、この程度である。というより天井の高い部屋は暖房効率が悪いから、住みにくいと思う。

 「快楽の園」は1517年7月30日には、ブリュッセルのクーデンベルク宮にあった。当時のクーデンベルク宮の建築は失われ、今、その場所にはベルギー王宮が建っている。したがって1517年当時の部屋の大きさを想像できないが、おそらく、最低でも、現在のルーブル美術館の古い部分の天井の高い部屋ぐらいの大きさの部屋だっただろう。 ルーブルのあのギリシャ彫刻が並ぶあたりは18世紀ぐらいだと思うが、天井は高く天井画もある空間だ。こういう部屋でないと、「快楽の園」は展示できないだろう。ちなみにシエナのキージ・サラチーニ宮は豪華だが部屋の大きさはそれほどでもないから、やはり無理。まあ、今のベルギー王宮の大広間なら18世紀風だからOKだと思うが。
  この大きさを考えると、どう考えても、秘密結社セクトの秘密礼拝に使われた絵画という設定は難しいと思う。



posted by 山科玲児 at 07:38| Comment(0) | 日記