2022年09月24日

ドンナ・メンシャと快楽の園


Simon_Bening_mencha mendoza.jpg


イメージに肖像画(Berlin美術館)を挙げた、メンシャ  メンドーザ イ フォンセカ まあ、ドンナ(敬称 マダム)メンシャ
Mencia de Mendoza y Fonseca, (30 november 1508 - 4 januari 1554)

ですが、「快楽の園」の所有者 ヘンドリック3世の後妻でした。ブラッセルのクーデンベルク宮
にいました。そして、ドンナ・メンシャは、ヘンドリック3世の死後、スペインに帰っている。
スペインに帰る前、ブラッセルにいたときの記録ですが、アントワープの彼女の代理人の記録に、
 「1539年にドンナ メンシャは、乾草車のコピーを注文した。前の同じ祭壇画が壊れたためである。」

 それほどの好尚があったのなら、なぜ、ヘンドリック3世の遺産として「快楽の園」をスペインにもちかえらなかったのだろうか??

 もし、そうしていたら、血の法廷 事件のとき、アルバ公が管理人を拷問するという無茶をやって没収するようなことはなく、スペインの中で移動するだけだったろうに。。

posted by 山科玲児 at 07:56| Comment(0) | 日記