2022年09月28日

異端審問の三角帽子と中国共産党

Goya Los Capri   Nohubo Remedio WM.jpg
ゴヤ 版画  ロス・カプリチョス の1点

動画

【裸のマハ/着衣のマハ】怪しい仕掛けの超問題作!?マハの正体とは?【宮廷画家ゴヤ】


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https://youtu.be/bXdeEJBdII8?t=1806
で、
文化大革命のときの三角帽子のルーツは、スペインの異端審問で被告にかぶせた三角帽子だという話があって、興味深かった。

  では、どういうルートでゴヤの三角帽子が中国共産党に伝わったのだろうか??

 中国共産党の初期メンバーにはフランス留学組が少なくなく、トウ小平もそうだから、フランスで知った知識なのかもしれない。そして、ゴヤの版画の総目録が1922年にフランスで刊行されている。こういう豪華本を彼らが閲覧できたとは思えないが、絵入り新聞やら雑誌やらで、粗雑な複製に触れる機会はあったと思う。 そしてそのころケ小平はフランスで工員しながらフランス共産党の活動をやっていて、ガリ版博士と称されていた。
  また、プロレタリア芸術として欧州の版画をとりいれる「木刻運動」があった。魯迅や、1928-1930ごろにフランスに逃亡した鄭 振鐸も「木刻運動」に関係しているし、鄭 振鐸は版画への関心を生涯続けていた。その版画の判例としてゴヤの版画が輸入されてそのなかの異端審問の場面が流用されたという可能性もある。
ただ、ひょっとしたら中国内のミッション・スクールでの罰で被せられた三角帽子というルーツがあるのかもしれない。更にその起源が異端審問の習慣にあることは間違いないだろうが。。
西学東漸記. 著者:, 容閎 著. 著者:, 徐鳳石, ツ鉄樵 訳. 著者標目:, 容, 閎, 1828-1912.


posted by 山科玲児 at 08:02| Comment(0) | 日記