2023年02月13日

関ヶ原と鎖国



関ヶ原で、仮に、西軍が勝ったというシナリオの場合、戦後、日本国内の問題として、スペイン・ポルトガルの侵略に対する対処がどう変わったか?
という問題がでてくる。

家光の鎖国はなかったという、世界線になる。
そうなると、日本が植民地化された可能性がかなりでてくるし、最低でもタイ王国のように対外問題で苦労することになったのではないか?? という予想がでる。
西軍のほうがキリシタンに与する大名が多かった印象があるしね。小西行長が代表だろう。イタリアのジェノヴァで1607年に小西行長を主人公にした音楽劇(オペラ?)がでた、という話もあるが、証拠がとれていない。、モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」初演が1607年だから、1607年というのは少し早過ぎる感があり、 オペラではなく、宗教劇殉教劇のようなものだったかもしれない。

そして、東南アジアに散在した日本人町は存続することになる。山田長政の例を考えると、なかにはスイスのように傭兵家業を盛大にやる町もでてきただろう。

そして、1644年の明の滅亡とそのあとのドルゴンによる清軍による征服戦争にも、日本人が関与した可能性がでてくる。
史実では、当時の北京にいた漂流民日本人は清の統治のほうが清廉で優れていると後に証言していた。

タグ:関ヶ原
posted by 山科玲児 at 19:21| Comment(0) | 日記

聊斎志異の石清虚




聊斎志異のなかで当方が愛好する一話「石清虚」は熱狂的な怪石の愛好者の話だが、
国木田独歩の翻案が青空文庫にのっている。
URL

柴田天馬の翻訳や原文(イメージの但氏刻本  第3巻所収)と比べると、翻訳に近いものではあるが、違いはある。 
まあ、冒頭の一文は相当違うが、これはまあ、日本の読者むけのサービスだろう。
それより変なのは、、
この一尺余りもある名石には92の穴があるのだが、大きな穴の中に
「五つの堂宇がある」(国木田独歩)
「五つの文字(清虚天石供)がある」(右イメージに原文該当箇所、下右にある、柴田訳も同じ)
  なぜ違っているのだろう??
 上イメージの版本は、但雲湖氏が道光年間に広州で刻された版木を使って咸豊年間に刷ったものである。注釈を朱で刷った2色刷りであるが、あまりきれいとはいえない。

  中国大陸制作らしい、連環画の動画もYOUTUBEにあるが、
これではまた結末を大幅に変えているし、上記の箇所もなぜか
「三つの文字(清虚天)」になってしまっている。
  しかし、古典の連環画って、皆  程十髪風の画風になってしまうんだね。もう少しヴァリアントがあってもよさそうなものだ。日本の古典のマンガ化はもっと変化があると思う。
 ただ、これは異国のものは、細かい相違が外国人である日本人にはわからないという現象、なのかもしれないが。。





posted by 山科玲児 at 07:19| Comment(0) | 日記