2015年03月11日

メトロポリタン アジア部門100年記念号 その6






Met Harveymer Screen.JPG





Orientations メトロポリタン アジア部門100年記念号
118-131pに日本美術の収集と展示の歴史について充実した文章を、少し色っぽいMonika Bincsik氏が書いている。
 Monika Bincsik. Discovering Japanese Art: American Collectors and the Met

 メトロポリタンの日本美術については、流出という観点から日本では述べられることが多いが、もっと積極的に作品やコレクション評価をやったほうがよいと思った。

 まず、イメージの渓流春秋草木図屏風は、戦前の山中商会の活躍の話で必ずでてくる屏風だが、まことに不思議なものだ。琳派宗達派といわれるが、むしろもう一時代古いのではないか?と感じている。また、そうとう破損があって修理が多いのではないか、と思う。
渓流春秋草木図屏風
Spring Trees and Grasses by a Stream
http://www.metmuseum.org/collection/the-collection-online/search/53632
渓流春秋草木図屏風
Autumn Trees and Grasses by a Stream
Haveymerer Screen
http://www.metmuseum.org/collection/the-collection-online/search/53633

  メトロポリタンの日本美術というと、光琳の八つ橋屏風が喧伝されるが、体系的で網羅的なコレクションになったのは、実は1975年のパッカード コレクションの購入かららしい。このパッカード氏の蒐集については自著(日本美術蒐集記)も日本で刊行されているし、芸術新潮などにも記事があり、話題に富む人であった。ただ、この購入があのホーヴィング館長のもとで決定されたのは事実でホーヴィングの仕事としては、最上のものだったかもしれないのに、ホーヴィングの著書では、まだ読んでいないのが不思議だ。読んでない本に自慢しているのかもしれない。

 当時、担当したJulia Meech女史がパッカードのことを語る講演動画があって、なかなか面白い
Who was Harry Packard? Julia Meech
http://www.metmuseum.org/metmedia/video/collections/asian/sam-packard-meech
Monika Bincsik氏もJulia Meech女史に色々聞いて、この文章を書いたと文末に謝辞が述べられている。
  パッカードコレクションは、1975年に入ったが展示するギャラリーがなく10年以上も事実上お蔵入りになっていたらしい。日本ギャラリーができたのは1987年で、先日のべた富豪の理事Douglas Dillon(-2003)と日本企業・政府機関法人の資金によってできた。バブル全盛・ジャパンアズナンバーワンの浮かれた時代であったからだろうが、これは大きな対外アピール事業であり、「日本企業」はもっと誇って名を出してもいいのではないか。名前を出さないのが美徳とか言っているから、こういうところでは乗っ取りやおかしなことが起きてしまうのだ。
  パッカードコレクションで、日本に留めておきたかったものの筆頭は、あの平安時代らしい蔵王権現の青銅像であろう
http://www.metmuseum.org/toah/works-of-art/1975.268.155
 上原昭一先生がパッカードに嘘をついてまで買わせまいと妨害したもので、おそらく日本には同類のものでこれをしのぐ作例はないかもしれない。
 また、優雅な八字文殊曼荼羅も惜しいものだった。

 
posted by 山科玲児 at 06:38| Comment(0) | 2015年日記
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