2015年09月21日

藤田嗣治 続


  藤田嗣治 画伯の名前をどう読むか、ということだが、
「ツグハル」でよいようだ。まあ、今はレオナール=フジタのほうがいいかもしれない。
「ツグハル」の根拠は、画伯の遠縁の蘆原英了氏が芸術新潮1968年3月号に書いている記述を引用する。
「これはもともとツグジといっていたが、フジタの父親がもしお前が成功したら、ツグハルと読めといった。そこで1930年代になって、ツグハルと自分から読むようになり、人から聞かれればツグハルと答えた。」

 藤田画伯が逝去前、90日でフレスコで制作した、ランスの フジタ礼拝堂は、なかなか特異な作品であり、後世に残るものだと思う。
 藤田画伯>「ランスの教会の壁画はずいぶん苦労したよ。即製というが、素材のセメントの関係で1日で50号ぐらい描いたこともあるよ。早く描かねば乾きが早くて修正できない。それだけに下絵やデッサンは2年近くかかった。アトリエ一面の壁画もそれだよ。」Source:芸術新潮1968年3月号

  どうも、当時の日本の画家や評論家たちはフレスコの技法の実際を全く知らなかったらしい。ミケランジェロだろうがジョットーだろうが、同じことなのにね。

 この小さな礼拝堂は、パトロンのシャンパン会社社長 ルネ ラルーの援助で建設され、シャンパン会社MUMMの所有地にある。藤田夫妻がこの中に葬られている墓廟でもある。

 ルネ ラルーと藤田画伯、藤田夫人の肖像が礼拝者の中に混じって描かれているのが、なんとも欧州の伝統をまざまざと感じて素晴らしい。
  著作権の関係もあって、一般的なサイトには画像がないので、個人ブログを紹介します。

タグ:藤田嗣治
posted by 山科玲児 at 10:30| Comment(0) | 日記
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