2016年04月29日

西洋美術史入門・実践編にもつっこみ

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西洋美術史入門・実践編 (ちくまプリマー新書)  ? 2014/3/5
は、なかなか良い本ですが、多少 問題もあります。特に日本や中国の話になるとよろしくない。

ただ、もう図書館に返すので、一言コメントしておきます。考えていることを書いておかないとわすれますからね。

73p〜79pに
古代エジプトのネフェルティティ像ツタンカーメンのマスクを比較して、ネフェルティティ像は、アテン神の一神教だから、神でない人間の描写になるのでリアリズムで個性表現があり、ツタンカーメンの黄金のマスクは多神教の神の一人なのだから非個人的であるという議論をしています。しかし、これは単なる用途の違いじゃないでしょうか。

というのもイメージのような、ツタンカーメンから1000年以上も遡る第五王朝の時代の個性的彫像もあるからです。
  同じ像の別のイメージ:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sheik-el-Beled.jpg
当時は、当然、アメン ラーを中心とする多神教ですよね。 もっともネフェルティティの時代のエジプト美術は古代エジプト全時代を通じてもっとも写実的で題材も自然を扱ったものが多い優れたものであったことは事実です。しかしこの比較はおかしい。


166Pで、ボローニャの絵画館(ここは私が訪ねたとき閉じていて悔しかった)にある

について、ナポレオン軍による美術品の略奪のとき、

>輸送を容易にするために、美術品にも容赦なく手が加えられていきます。
>ボローニャの絵画館が誇るラファエロの「聖チェチェーリアの法悦」は、もとは板絵だったのですが、なんとそこから顔料層だけを薄く剥がし、カンヴァスの上へ貼りかえる手術を施されています。そうすれば布を丸めて運べるからです。

と書いてありますが、

 こういう面倒な修理を略奪+輸送の短期間にやれるものか??、やれるはずないだろ! と不思議に感じて調べたら間違いでした。

 この絵は1798年にフランスに送られ、板からキャンバスに移されたのは1803年、イタリアに戻ったのは1815年。

 あれえ、キャンバスに移ったのはフランスでじゃないの? それじゃ輸送と関係ないじゃん。それにイタリアに戻すためでもないよね。12年も前だしね。
 まあ、輸送してボロボロになったからやったのかな? この絵は高さが2mもある大作なので移動の際に無理なことが起こったのかもしれません。
  いずれにしても不用意な記述ではあります。

posted by 山科玲児 at 15:06| Comment(0) | 日記
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