2016年06月18日

ボス作品の制作年代

プラドのボス展
   https://www.museodelprado.es/
  の観賞経験を思い出し、カタログを再度繙いて、ますます混乱してしまうのは、
 推定  制作年代の順序と、作品の質や内容が矛盾しているように思えることである。

 1980年代以前、年輪年代法もなかった時代の本を読んでみよう。
  カール=リンフェルトの「ボッス」や MIA CINOTTIのボスは、日本語訳もされている。
 彼らや彼らの先輩は様式を比較しながら、制作年代を推測していった。

  だいたいは、古拙なもの未熟なものわかりやすいものを初期に、独自性の高いもの、熟練したもの、未来につながりそうなもの、難解なものを、晩年近くにおいて作品を並べ、画家としての発展の歴史を想像していたものである。まあ。晩年に老齢や病気のため作品が粗放になったりすることはあるが、ボスの場合は
  そういうことは配慮されていなかったと思う。

  従って、当時は、「乾草車」「7つの大罪」「カナの結婚」「愚者の石の手術」などが初期、
「三賢王礼拝の祭壇画」「快楽の園」「聖アントニウスの誘惑」が晩年作
ということになっていた。

 ところが、2000年頃から研究が進み、「カナの結婚」は没後50年のコピーに転落した。「乾草車」は2点とも没年前後の作品になって真筆性も疑われる。
 更に、「三賢王礼拝の祭壇画」が1490年代前半ごろと確定してしまったのである。「乾草車」より20年は早い。この2つを比較すると、どうみても「三賢王礼拝の祭壇画」のほうが遙かに熟達している。時代の早いほうが熟達しているし様式的にもより進歩的であるとはいったいどういうことであろうか。また、更にややこしいことに、プラドにあるほうの「乾草車」の下書きを赤外線でみると、結構、「快楽の園」などにも似ているという。

 この矛盾を解くとしたら、2点の「乾草車」はボスの初期作品をアトリエでコピーしたものであって、下書きにはボスが関わったかもしれないが完成は弟子が没後にやった、というような物語をつくるほかない。

 また、画風が似ていても全く別人の作品のグループが紛れ込んでいるような気もするが、それはまたあとで書いてみたい。


posted by 山科玲児 at 16:48| Comment(0) | 日記
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