2016年06月26日

ボス作品の謎


プラド美術館のボス展をみて
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/175579195.html
2016年06月18日
ボス作品の制作年代
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/175737480.html

2016年06月21日
ボス展のカタログを読む
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/175768488.html

など、色々書いてきたが、
謎の謎というべきボスとされる作品群とその制作者については、ここ15年の研究・科学機器の駆使の結果、
かえって謎が深まり混迷に陥っているように思う。

 たぶんベルギーオランダの研究者を中心とするBRCP(Bosch Restauration and Conservation Project)は総カタログを創ったが、BRCPの主張にプラドやゲント美術館が反発して北ブラバント美術館特別展への作品貸し出しを止めたり、物議が多かったようだ。

 BRCPの浩瀚高価な総カタログを読んでいるわけではないが、周辺から色々ニュースやネット報告を読んだりしていると、ある程度 推察はできる。BRCPカタログは決定版ではない。未だ試論というべきだ。

 さしあたり、昔からボス作、ボス作品のコピー、ボス派作品、とされている絵画群、素描群、版画群があるのは確かだ。それは15世紀半ば〜16世紀後半ブリューゲルの時代までまたがる長い期間の制作になる。ただし、14世紀に遡ることはないし17世紀に降ることはない。

 ここで重要なのは、従来のステレオタイプなコピーや流派作の概念が通用しないということである。従来の概念とは、こういうやつだ。一人の天才的画家がでて質的にも構想・技術においても素晴らしい作品を創造する。その工房では弟子がコピーを作るし、天才画家が下絵や仕上げをするが大部分弟子が制作した作品も生産販売する。同時代に、天才画家の模倣をする画家が続出し、様式的には似た紛らわしい作品を生産する。こういう模倣者は天才画家の死後にも連続して生産する。。。

 ボス関係の作品群は、どうも、こういう概念にあてはめにくい。スヘルトーヘンボスに1450年ごろに生まれて1516年に逝去したヒエロニムス=ファン=アーケンにうまくあてはめるのが困難である。

 流派作とされるものが、明らかにボスがまだ若いごろに制作されたものか? とされたり、、、これって流派というんじゃなんでないの??  拙い絵のほうが晩年作になったり、わけがわからない。

  そうすると、一番安全な道は、初心に戻り、画家の生涯というのを忘れて、現存する絵画を(下書きも含めて)様式的に再分類し、年輪年代も加味しながらグループ分けすることだろう。
 そうすると、快楽の園を描いた画家に帰属させる絵画は意外に少なくなってしまうかもしれないが、それでもしょうがないだろう。

例えば、
  快楽の園の画家
  七つの大罪の画家  
  ブリュージュの最後の審判の画家
  ヴァレンシアの受難祭壇画の画家
  ミュンヘンの最後の審判の画家
 というような感じで、、



posted by 山科玲児 at 11:56| Comment(0) | 日記
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