2017年07月09日

ハングル使用の歴史への誤解

論語オン解 c1570s.JPG論語オン解 c1570s ss.jpg


 
  大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国で主に使われている文字:ハングルについて、ときどき明白な誤謬が語られることがあります。
 「李氏朝鮮時代にはハングルは卑しい文字として蔑まれ禁止されてきた。両班(支配階級 知識階級)は使わなかった。」
  「日本が忘れられ埋もれていたハングルを発掘し普及させた。」

  有名人が平気でこういう主張をされているのを聴くたびに、困ったことだ、もう少し調べて話せばいいのに、と心を痛めております。「日本が言葉を奪った」とかいう韓国側の奇説に対抗するために先鋭化したんでしょうが、よいことではありません。

どうも、こういう主張のソースは1894年前後のイザベラ=バードの記述から拡大解釈したのじゃないかと、私は推測しています。
イザベラ=バード:朝鮮紀行 序章
> 朝鮮の言語は二言語が入り混じっている。知識階級は会話のなかに漢語を極力まじえ、いささかでも重要な文書は漢語で記される。とはいえそれは1000年も昔の古い漢語であって、現在清で話されている言語とは発音がまるで異なっている。朝鮮文字である諺文〈オンムン〉[ハングル]は、教養とは漢籍から得られるもののみとする知識層から、まったく蔑視されている。朝鮮語は東アジアで唯一、独自の文字を持つ言語である点が特色である。もともと諺文は女性、子供、無学な者のみに用いられていたが、1895年1月、それまで数百年にわたって漢文で書かれていた官報に漢文と諺文のまじったものがあらわれ、新しい門出となった。これは重要な部分を漢字であらわしそれをかなでつなぐ日本の文章の書き方と似ている。(講談社学術文庫 序章 p.32-33)

これと、1504−6年のハングル禁止の史実がくっついて、十六世紀〜十九世紀までハングルが使われていなかった、という妙な誤解になってしまったのではないかと思っています。

  ところが、李氏朝鮮の活字本には、結構ハングル入りの本、ハングルだけの本があるので、これはおかしいと思っておりました。李氏朝鮮のハングル禁止は燕山君の1504年のことだというのですが、その60年後 1570年代ごろにはハングル入り活字本 「論語諺解」(イメージ、右に部分拡大)がでています。こういう本読むのは両班で、庶民じゃないでしょ。日本の江戸時代の黄表紙本なんかじゃないのです。つまり十六世紀末の両班はハングルを読んでいた使っていたということです。ハングル禁止は無効になっていたようですね。
  バードのころ、1894年前後の事情とその400年近く前とはかなり違うんじゃないですかね。ハングル発明以後450年の間かなり使い方や評価が変わって2転3転したんじゃないですかね。

もっとも、バードの本でも、
> 私の観察したところでは、漢江沿いに住む下層階級の男たちの大部分はこの国固有の文字が読める。
(講談社学術文庫 第6章  p.111)
> 上流階級の女性は朝鮮固有の文字が読めるものの、読み書きの出来る朝鮮女性は1000人に一人と推定されている。
(講談社学術文庫 第29章 p.439)
だから、男性には普及していたが、女性には文盲が多かったのは事実のようですね。


李氏朝鮮の活字本ってのは基本的には、次のような出版事情で、中央官庁出版、官版、官報、国定教科書みたいなものなんですね

千恵鳳, 韓国古印刷文化,「韓国古印刷文化展」, 1984,
大韓民国文化公報部海外公報館
によると、
「わが国は領土がせまく、学問人口が限定され、同種類の本を大量に印刷して発行するよりは、必要な書物を随時に印刷してだすのが望ましいことであった。中央の書籍院または鋳字所で必要な本を活字で多様に印刷し、内賜の形式で一次的に普及し、その中大きく、そして間断なく要求されるのは、中央ならびに、地方の役所などで、さらに、木版で翻刻または、重刻して、その版本*を保存しながら、長期的流通に対備する、わが国の印書政策であった。」
*版本ー>版木の間違いか?

したがって、活字本は、本当に両班の上流部分が読んでいたものでしょ。この「論語諺解」はハングルで読み方発音を教えるものです。また多少の注釈が「漢字(ハングル  ルビつき)+ハングルだけの文」で入っています。発音記号としてまず発明開発されたのは「訓民正音」という名前が直接に示すとおりです。なんとなく日本のカタカナの使い方に似ています。禁止後約270年1778年に出た続明義録(下イメージ)は、全文ハングルですしね。これは下賜本だったようです。

続明義録  1778  ss.jpgショウ解新語 1676 ss.jpg

また、1676年には、日本語の解説本でひらがなにハングルで音を示した本もでております。「ショウ解新語」(上右に部分拡大)。


ハングルの使用方法と評価が400年以上の間に2転3転したということになると、バードの記述も別の意味がでてきます。
>もともと諺文は女性、子供、無学な者のみに用いられていたが、
というのは、本来、両班の上流が使っていた発音記号だったものが、400年の間に、「女性、子供、無学な者」に文字としてある程度は少しは普及したということで、これは良いことではないか、と思うところなんですね。
>知識層から、まったく蔑視されている。
というのも1890年代にたまたまそうだったということで、時代を遡ればそうではなかった、ということになります。

だから、変な説を吹聴するのは止めたほうがいいと思いますね。

イメージソースは全て:千恵鳳, 韓国古印刷文化,「韓国古印刷文化展」, 1984, 大韓民国文化公報部海外公報館


posted by 山科玲児 at 10:06| Comment(3) | 日記
この記事へのコメント
ぼくも今の今まで、「通説」のように、両班はハングルを読まなかったと思ておりました。
山科様の解説で、おおいに蒙を啓かれました、感謝致します。
これはとても大事なことですね!

ただ、日本が朝鮮語を奪った、というのが韓国側の奇説、というのはどういう事でしょうか?
皇民化教育の常識もウソなのですか?
Posted by 臨夏 at 2017年07月09日 20:13
>ただ、日本が朝鮮語を奪った、というのが韓国側の奇説、というのはどういう事でしょうか?

  日本語教育、日本語普及を推進したのは確実ですが、朝鮮語を禁止したわけではないです。

  1940年時点でも、日本語が読めたのは13%ぐらいでした。20%程度という説もあります。三十年間も日本語使用を強制し朝鮮語を禁止したと仮定したら、この実績はありえないでしょう。
 
 作家 李光マツ「2300万半島人のうち国語が読めるのは30万程度です。それ故一般半島人に国家思想を伝えるのに、諺文は絶対必要なものではないかと思います。」(大阪朝日新聞  朝鮮版 1940年2月16日)。
 戦争プロパガンタを宣伝するためにも諺文は、大いに使われた、というより必要なものだったということです。

>昭和13年(1938年)、かって「三・一独立運動」で三十三人の民族代表の一人であった朴煕道が「朝鮮語使用の全廃」を主張したとき、南次郎総督は反対し、
 「朝鮮語を廃止するのはよくない。可及的に国語を普及するのはいいのだが、この普及運動も、朝鮮語廃止運動と誤解されることがしばしばあるくらいであるから、それはできない相談である」

 いくら軍人総督でも、実務知ってりゃ無茶なことはできません。
Posted by 山科 at 2017年07月10日 12:50
そうなんですか。
いままでの感覚とも違っているので、また研究してみます。
教室で朝鮮語を禁止して喋ったら札をぶら下げた、
とういうような話 ( これは実話でしょう。沖縄でも台湾でもあったので ) が、先鋭化したんでしょうかね?
Posted by 臨夏 at 2017年07月10日 18:56
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