アルチンボルド展
のカタログを読んでいたら、やはり静物画の誕生と関連して議論していたイタリア人学者がいた。
ジャコモ ベッラ 「アルチンボルドの『寄せ絵』と『上下絵』の頭部、そして静物画の誕生」183-187p
アルチンボルド−>ガリチアの静物画−>カラバッジョの果物籠 まで続く系譜を推定している。
ジャコモ ベッラ 「アルチンボルドの『寄せ絵』と『上下絵』の頭部、そして静物画の誕生」183-187p
アルチンボルド−>ガリチアの静物画−>カラバッジョの果物籠 まで続く系譜を推定している。
地球の上には、同じようなことを同時に考えている人が2人以上はいるものであるなあ、、と再度認識した。 ただ、下記で指摘したような、「注文主側の意識が変わった」ということは書いていないようだ。これは、カタログを読まずに当方が書いた文である。
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>3.マドリードの「春」をみて、これはヤン=ブリューゲルの花束と技術的には変わらないのではないか?と思い、静物画の誕生という問題を考え直しました。この春は1563年であり、ヤン=ブリューゲルやカラヴァッジョが静物画を開拓した時期の半世紀も前です。つまり静物画の技法自体は半世紀前にできていて、問題は静物画というジャンル画題が「絵画」として認められているかどうかという問題、芸術家側ではなく、注文者側、鑑賞者側の問題であるということです。「静物画」を注文し、売買する人々が一般的になるかどうかという社会的な問題でした。
そういう点でいうと、カラヴァッジョの「果物籠」をもち、ヤン=ブリューゲルのパトロンであった フェデリコ=ボロメオ枢機卿という人物が「静物画誕生のキーマン」だったのかもしれません。
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カタログを多少読んで書いたのが、これ、、
いやー、女流静物画家のフェーデ ガリチアが、アルチンボルドの知り合いだなんて、驚きでした。
展示の最後の素晴らしい静物画もお見逃しなく。。