2017年07月17日

運慶の一族郎党

運慶  願経.jpg

 なんか

があるそうです。

    まあ興福寺北円堂の  世親 無著・ 2体は、興福寺よりも美術館のほうが鑑賞には良いように思ってます。これは光のことと頭部の彩色が剥落しているので、お堂のなかだとどうも見栄えがしないことが問題じゃないかなあ、と思っております。

  その運慶一族郎党が奉納した法華経の写経(イメージは部分)があって、その末尾に延々と名前が書いてあるのが興味深いものです。

  快慶や康円はいうまでもなく、女性の名前(奈良女など)、更に、太郎丸、次郎丸、熊王丸、乙王丸など、御伽草子や狂言にでてくるような名前の人々が、当時は本当にいたんだな、と感慨が深いものがあります。高精細イメージを
wikimediaに投稿しておきましたのでご閲覧ください。
posted by 山科玲児 at 12:27| Comment(0) | 日記
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