2017年07月22日

古代ローマ小説サテュリコン 伝世の歴史

全訳サテュリコンSatyrikon ss.jpgSatyrikon Carrington ed ss.jpg

  現代の小説、まあ日本なら、明治以降の有名小説なら、どれが定本だかわからんとか、十分の一しか残っていないとかいうことはないだろう。勿論評判にならなった本は消滅してしまったものも多いだろうが、それはしょうがない。
 しかし、源氏物語なら、定本の問題があるし、当時の王朝小説では部分的にしか残っていないものも多い。 1/2程度しか残っていない寝覚物語については、現在でもなお復元の努力がされていて、中村真一郎氏が「王朝文学論」に面白く解説されていた。ヒルメロ風だという批評もあるようだ。
源氏より200年ほど前の 李白の場合、有名な五言絶句にすら異同がある。
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/179737674.html

もっとも、二十世紀前半、ロシアのブルガーゴフ「巨匠とマルガリータ」も書誌的問題がある。
 決定稿がなく、作者が書いた一応の完成原稿が2種類もあり、部分原稿もあわせると6種もあるという状態だから、1973年版と1990年版でかなり異同があり、それをどう処理するかは校訂の問題らしい。実際、旧訳であった文章がなくなっていたりする。

 このように、古い文学作品の場合(場合によっては二十世紀文学でも)、テキスト伝世の歴史というのが単なる背景や関連研究ではなく、その文学作品そのものの鑑賞評価にすら関係してくる重大事になる。しかし、しばしば無視する学者?がいるのは残念だ。

さて、フェリーニの映画がきっかけで知った、古代ローマ;ネロ帝時代の小説

 ペトロニウス作  サテュリコンは、まことに興味深い小説だが、
現代、容易に入手できる翻訳はこれしかない。

 サテュリコン―古代ローマの諷刺小説 (岩波文庫)   1991/7/16
 ペトロニウス,  
(翻訳) 国原 吉之助(國原 吉之助、くにはら きちのすけ、1926年 - 2017年4月25日)
http://www.amazon.co.jp/dp/4003212215
  この岩波の翻訳はあまりよくないような感じがするだけでなく、なによりも写本や印刷本の伝世の歴史について何も書いていないのが気に入らない。ひょっとしたら欧米の翻訳や校訂を無批判に丸呑みしているのではあるまいか。
 十分の一程度しか残存してないという惨憺たる現状なので、なおさらテキストの問題は重要ではあるまいか?
 65年も前の『全訳 サテュリコン 』岩崎良三訳 創元社 1952 (イメージ) のほうが優れているようである。
 本来、得意なはずの西洋古典について、岩波書店のレベルが下がっているのではないか?と危惧するところである。
 ただ、Wikipediaの解説も膨大浩瀚なフランス語板に比べて日本語版英語版は貧弱である。専門外ではあるが増補したくなった。


  『全訳 サテュリコン 』岩崎良三についている解説と、Paris, 1902. Published by Charles Carrington(イメージ)についてる序文( これ自体が、
Dictonary of Greek and Roman Biography, Art "Petronius", p118
William Ramsay (1806-1865)が書いた部分からの引用) をもとにして、抜粋紹介する。
***
断片が初めて公刊されたのは、1482年ごろミラノに於いてAntonius Zarotusによる印刷本であった。その後、 1499年、  ヴェネティアでBernardinus de Vitalibusによる, 4つ折り本の刊行。  ライプチッヒで、1500年に、Jacobs Thannarによって刊行された
しかし、これらは、現在あるサティリコンテキストの小部分に過ぎない。
17世紀半ばに、ダルマチアのトラウTRAUで、写本が発見された。Codex Traguriensisというもので249Pある本らしい。これは古代文学などを抜粋した写本で、その185−229にサテュリコンが入っていた。この写本はフランス語板Wikipediaによると、最近2011年にパリ国立図書館にはいったらしい( Paris, Bibliotheque nationale, Lat. 7989)

この写本の カラー画像はイリノイ大学デジタルコレクションにある。  トリマルキオの饗宴
https://digital.library.illinois.edu/items/d5780260-1a07-0134-1d6e-0050569601ca-9#?c=0&m=0&s=0&cv=0&r=0&xywh=-274%2C0%2C3546%2C1949
ただ、この写本も十七巻以上ある小説のおよそ2巻分だけの端本零本である。
しかし、これ以後360年間、より良い写本は発見されていないようなので、これをもとにするしかない。

一方、断片の間を補完する補作偽作が「新しい写本が発見された」というふれこみで何度も発表された。
フランス人 Nodotがユーゴスラビアのベルグラードで発見したと称して1693年にロッテルダムで刊行したものは特に有名で、筋がわかりやすくなっているため、このテキストを翻訳したものも多い。上の1902年のパリ出版の英訳もこのNodot版をもとにしているようだ。他にスペイン人 J. Marchenaがスイスのザンクトガルレン修道院で発見したと称して1800年に刊行した偽作もあるそうだ。
***

posted by 山科玲児 at 10:22| Comment(0) | 2017年日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]