2017年07月28日

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

gaugin scription.jpg

井田茂先生の、 系外惑星と太陽系 (岩波新書)  の「はじめに」に

フランスの画家ゴーギャンは「われわれはどこからきたのか、われわれは何者なのか、われわれはどこへいくのか」という絵を描いた。このタイトルはしばしば引用されるので、聞いたことがある人も多いであろう。これは聖書の文言からきたのかもしれないが、人類についての問いでもあり、絵を見る自分自身への問いでもある

とある。

   このゴーギャンの大作はボストン美術館にあり、横3,7m高さ1.4mというものだ。2009年のゴーギャン展のとき来日、東京 名古屋で公開されていたようだ。残念ながら観ていない。

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか (1896-97)
139.1 × 374.6 cm
http://www.mfa.org/collections/object/where-do-we-come-from-what-are-we-where-are-we-going-32558

実のところ、ゴーギャンの大作そのものより、タイトルのほうが有名になっているようだ。
自筆の文字 タイトルが絵の左上にあるので、イメージにあげてみた。

  この言葉は、実は2世紀に主に小アジア(今のトルコ)で活躍したらしいグノーシス派の教師・思想家 テオドトスの言葉で、それより少し後の人、アレクサンドリアのクレメンス(Titus Flavius Clemens,150年?-215年?)が編集した「テオドトスからの抜き書き集」に収録されている。英訳で引用する。もとはギリシャ語だろうから、ここにあげるのは無理無理。。

Exceptura ex  Theodoto
78章2節
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But it is not only the washing that is liberating, but the knowledge of/who we were, and what we have become, where we were or where we were placed, whither we hasten, from what we are redeemed, what birth is and what rebirth. '
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「われわれは何者であったか、また何になったのか。われわれはどこにいたのか、、どこに行こうとしているのか。われわれは何から解き放たれているのか、誕生とは何か、また再生とは何か。」

  ゴーギャンは、どこからこの言葉を知ったのだろう?Wikipedia (日本語版英語版)によると11歳から16歳までオルレアンの神学校に通っていて、その神学校のモットーがこれだったという。モットーをこれにしたのはオルレアン司教Felix Antoine Philibert Dupanloup (3 January 1802 ? 11 October 1878)だというから、この二世紀の異端とされ排撃されたグノーシス派(ヴァレンチノス派)の教師の言葉が、ガチガチのカトリック教会のなかで伝承されてきたということになる。しかもオルレアン司教がモットーにして神学生に教育していた、、これもまた不思議なことだ。

  この言葉は、名言としてやたらと有名な割には、誰の言葉なのか知られていない。あるいはカトリックの中では作者名テオドトスというのは知られたくなかったのかもしれない。

  まあ諺というか名言格言という形で、西洋文明の中での財産知財になっているなら、それでもいいのかもしれない。


posted by 山科玲児 at 07:12| Comment(0) | 2017年日記
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