2017年09月29日

蓼冷汁天目 【訂正あり】


蓼冷汁って、なんなんだろうと思っておりましたが、
藤岡了一、 「蓼冷汁天目」「Museum」212、昭和43年(1968年)

によると、藤岡了一氏が、日本料理というか茶席料理のトップ  京都 辻留の辻嘉一氏へ訊いたところ、、
「現在、蓼冷汁と名付けられるものは絶えているが、それはおそらく蓼の葉を冷や汁に摺り加えたもので、蓼独特の刺激性の舌触りによって、いろいろの具の『なま臭さ』を抑えると同時に、蓼の鮮やかな緑が料理を美しく見せるのに役だったものであろう」とのことでした。
現在でも「鮎の塩焼き」には蓼酢が定番ですね。
冷や汁というのは、信長安土城の供応料理にでてくる古い料理ですが、長崎ではあまり知られておりません。

ローソンで売ってた、FD つきぢ田村 冷や汁の素
https://www.marukome.co.jp/product/detail/instant_067/
で、初めて知りました。
面白いものですね。蓼冷汁も復活しないのかな。


一方、蓼冷汁天目のほうですが、
藤岡了一氏にいわせると、1968年当時は、
「従来、蓼冷汁天目は記録の上にとどまるだけで、現実にはすでに姿のないものとされていた。」
「ところが近ごろ、京都のT氏のコレクションの中に、上述の天王寺屋会記の初見記事に対応すると思われる天目がみつかった。」
どうも、これが、今、京都国立博物館にはいっている蓼冷汁天目のようですね。
京都国立博物館の蓼冷汁天目
ただ、ひょっとすると違うかもしれない。

どちらにせよ、古美術としての、蓼冷汁天目の現存数は2個以下ということになり、曜変天目よりレアということになります。まあ、地味だからなあ。

また、そういう事情で、伝承があったわけでなく、記録と実物が合致するようだから、1968年以降に「推定」「帰属」しただけなんですね。
なんせ「従来、蓼冷汁天目は記録の上にとどまるだけで、現実にはすでに姿のないものとされていた。」なんですから。
ひょっとしたら違うかもしれない。

昔の京都国立博物館には、なんかやたらに多く天目茶碗が展示されていた記憶があります。
天目茶碗の京都国立博物館の解説
http://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/touji/tenmoku.html
ひょっとしたら、このT氏コレクションがはいったか展示されていたのかもしれませんね。

このサイトからの関連検索で知ったのですが、

京都国立博物館には 根津美術館には、小堀遠州箱書きの「曜変天目」もあるそうですし、MIHO MUSEUMにも「曜変天目」とされるもの(前田家由来だったかな?)があるようですが、どうも曜変とはいえないという意見が大勢のようです。


posted by 山科玲児 at 09:12| Comment(2) | 2017年日記
この記事へのコメント
蓼冷汁天目茶碗は五代十国時代に建窯で作られたものです。宋時代の前です。私は茶碗と全く同じ材質色合いの皿かろうそく立てのようなものの失敗作の蓼冷汁陶器を持っています。時代は100%間違いありません
Posted by 山内史一 at 2020年02月11日 20:32
>山内史一さん
>
コメントありがとうございました。
蓼冷汁は、復活してほしい料理ですが、蓼冷汁天目には珍しさ以外の魅力は感じられないのが残念なところです。
Posted by 山科玲児 at 2020年02月12日 06:19
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