2017年12月17日

運慶展

キムカラ童子P1050697.JPG興福寺法相六租 行賀P.JPG

  もう、終わった 運慶展ですが、結構混んでるという噂だったので、朝1で11月25日に行きました。
  実のところ、招待券相応のものをもっていたので、もったいないなあ、と思ったことと、運慶  願経がでてるそうなので、 跋尾の運慶の周囲の人の名前を読んでみたかったのです。女性の名前も多いし、貴族ではない当時の一般的な人の名前の興味深い証拠です。次郎丸とか赤王とか、なんか安寿と厨子王みたいな名前がでていて、とてもリアルですね。これは、 東洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931, 奈良 で影印されていて、文字自体は知っているのですが、実物が本当にあるのか?どういうものなんのか?を確かめたかったのです。
影印をもとに Wikimediaにアップしたのがこれ、、
    運慶  願  法華経巻八 跋尾 寿永2年
      ACE1183
   https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lotus_Sutra_vol8_UNKEI.JPG
実物を観たら、想像以上に豪華な写経なのに、驚きました。紙は良質だし、罫線は金だし、写経の丈も高いものでした。
書風は、それほど優秀とはいえないものだったので、モノクロ影印では、なんか粗末な写経じゃないか??とみくびっていたんですね。


 それ以外では、東京での高野山展以来久しぶりに拝観したコンガラ童子(イメージ)、興福寺に行ったときは必ず観る法相六租像のひとつ「行賀」(イメージ)像が、やはり印象的でした。
「行賀」像については、八年前に、
ドスのきいた肖像  2009年10月29日 
https://plaza.rakuten.co.jp/yamashinareiji/diary/200910290001/
を書いておきました。

興福寺北円堂の世親 無着 像は、照明を工夫しないと汚れや剥落のほうが目立ってしまい本来の彫刻的良さが覆い隠されてしまいますので北円堂より美術館のほうが良いかもしれません。
 それでも「写真のほうが良かった」と言っていた観客もおりました。この二像については地味にくすんだ色であっても、本来の彩色に近く戻すほうが良いかもしれないと感じたところです。

Image Source:コンガラ童子  美術研究 昭和11年6月  第5年6号、著作権消滅済み
      「行賀」 洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931、 著作権消滅済み

posted by 山科玲児 at 10:20| Comment(0) | 2017年日記
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