2017年12月17日

ニュールンベルクのストーブ その1 ハープシコード

nurnberg stove0.jpg


新潮文庫 「フランダースの犬」
という本は、なかなか興味深いところが多いものなので、いくつかに分けてコメントしてみる。

まず、一緒に収録されている
「ニュールンベルクのストーブ」(1882以前)
という佳作を読むために手にとったのだが、

この作品にもまた、考えさせらるところが多い。
1916年ごろの挿絵本の好ましい表紙を紹介してみる(イメージ)

その、考えさせられる様々な点のなかでも、最も些末なところからあげてみる。

ハープシコード(=チェンバロ=クラブサン 下イメージ)が出てくるのだが、作者ウィーダ((1839-1908)
は一体何時、ハープシコードを見、その音を聴くことができたのだろうか?
 1790年ごろ、ハイドンはもはやハープシコードは廃れた楽器だと言っていた。1868年のパリ万博にハープシコードが出品されたあたりから徐々に古楽器の演奏がはじまったらしい。かなり現代的に改造された折衷的なハープシコードを使った人であったが、演奏家として名声を得た人はワンダ=ランドフスカで20世紀初期である。
1850年代ごろフランス人でハープシコードを弾いた人が一人いたそうだが、孤立した例だった。
1882年ごろでは、まだハープシコードが見捨てられていた時代なので、果たしてウィーダが実際に見て聴いたのか、それとも古い骨董品の例として概念的に出しているのか、疑いたくなるくらいである。

 日本では1970年ごろでさえ、バッハをハープシコードで弾く事は、学者的古物趣味的なもので芸術的態度ではないとさえいわれ排撃されたものである。



12回福岡古楽音楽祭あいれふホール クラブサン.JPG


posted by 山科玲児 at 14:09| Comment(0) | 2017年日記
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