2018年03月01日

筆から鉛筆へ


昭和天皇独白録 bonhams4.jpg

昭和天皇独白録の原本
  BONHAMSのサイト(英文)
は、冒頭は墨書で、イメージのように2pの途中で、突然鉛筆書きに変わっている。墨では訂正でき
ないが鉛筆なら消して訂正できるからだろう。この写本は訂正あとが多い原稿ではなく、一応定本になる写本にするつもりであったことがわかる。実は、私も似たようなことをやったことがある。
  この原本は一種の写本・あるいはGHQ上申のための日本語版定稿 とみるべきものだろうと思う。
  まず、もともと寺崎氏を含む5人の側近がききとったものという記録がある。ただ、いうまでもなく、この原本は一人の筆跡であるから5人が別々に聞き取りを書いたものではない。おそらく5人が書いたメモ または速記をもとに寺崎氏がまとまった原稿にしあげたものだろう。しかし、これは草書の多い漢字とカタカナで書いたものであるから、外国人むけでもなく出版社むけでもなく、公文書でもない。寺崎氏自身の日記に多少にたような書き方があるようだ。それでは何のために誰が読み使うために書いたものなのか?

 おそらく、英訳のための定本をつくるために寺崎氏自身が制作したものだろう。
「寺崎用箋」という寺崎氏の私用便箋に書いてある。公文書なら役所の用箋に書くはずだ。少なくとも寺崎氏の意識ではこれは私的なものであり、これから英訳した文書・または清書した文書が成果物・納品物であったのだろう。
  寺崎氏の妻の親戚がGHQの高官 ボナー・フェラーズ准将だったし、ボナー・フェラーズ准将のもとにかなり内容が違っているらしいが英訳文書「How the Emperor Felt the War」があったそうだ。これは、現在はヴァージニア州ノーフォークにあるマッカーサー記念図書館の「ボナー・フェラーズ文書」(Box 8)にあるという。 したがって成果物は、ボナー・フェラーズ准将に提出されたものだろうと思う。寺崎氏が対米経験が長く通訳もやっていたことを考えると機密を守る都合上、寺崎氏自身が翻訳したのではないか。
 天皇陛下の処遇について、GHQ内部でおおかた決定した後のことなのでおかしいという説もあるようだが、皇室財産の削減や宮家の廃止など様々な問題があったのだから、GHQに対する弁明のための文書が必要だと思ったのではなかろうか。。


posted by 山科玲児 at 19:17| Comment(0) | 2018年日記
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