2018年03月03日

江村書画目

江村書画目front.JPG

   高士奇の秘密ノートとされる江村書画目は、羅振玉が銭塘呉錫麒(乾隆20年の進士)が所蔵した写本を発見して、東方学会で1924年に活字で刊行した。
この本は結構稀覯のようで、日本の大学には3冊しかない。京都大学の人文研・東大の東文研・関西大学である。が、東京国立博物館の図書室には、さすがに1冊あるようである。
   また、一方、書誌学者の銭存訓が発掘したらしい写本が1960年代に香港龍門書店で影印刊行されていて、
  中国や台湾ではこちらのほうが知られているようである。
  ただ、こっちの本は、私は閲覧したことがないので、果たして羅振玉がよった原本なのかどうかはわからない。
  一般通念でいうと、写本→刊本である。写本と刊本が並んでいると、写本のほうが古いように思いがちだが、必ずしもそうではない。
  現代では想像しにくいかもしれないが、刊本をもとに写本をつくることも多かったのだから、
 刊本→写本
ということも、古い時代では、多い。
  場合によっては古く見せかけた贋作の「新発見写本」もありうるわけである。 従って、2冊の本のうちどちらが優れているのかはわからない。

  この江村書画目については、東京国立博物館の富田淳氏が
2013年の上海博物館の書画展のときの図録に「康熙帝を欺いた?男ー高士奇の『江村書画目』ー」
という文章を書いているようである。おそらく東京国立博物館の蔵書を使用したのだろう。この図録はてもとにないし、まだ読んでいないのだが、1冊全部引用してはいないんじゃないか?と思うので、
  玲児の蔵書
    http://reijibook.exblog.jp/
で、数回に分けて全ページ紹介することにした。こういう多量のページの紹介は、中国のネットサイトには、しばしばあって、何度かお世話になったこともあるので、こういうときに恩返ししておこう。


   この江村書画目  価格が書いてあるが、たぶん買った金額なんだろうと思う。
     康煕帝には安物を献上し、自分の手許には高価なものを確保しておくという行動が江村書画目の発見以来非難されてきたものだ。そうはいっても、真蹟 永存珍 と珍重しているもので、しかも現在でも名声がある  文徴明の真賞齋図巻(たぶん上海博物館のもの)でも8両で買っているのだから、、安く買ったからダメともいえないだろう。しかし、、「不真」とか「贋」とか批評している書画を献上しているというのは、ちょっと「反逆」といわれかねず、こういう文書がよく残っていたと思う。

   末尾には董其昌の作品が列挙してある。高士奇は董其昌の作品は特にファンだったようだ。確かに現在の眼で観ても、優れた作品が集まっているようである。康煕帝の董其昌愛好も高士奇の影響なのか、それとも康煕帝の好みに阿諛迎合した結果なのかはよくわからない。


posted by 山科玲児 at 10:21| Comment(0) | 2018年日記
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