2018年03月17日

南京に残された文物

南京の倉庫trim.jpg


故宮物語::政治の縮図、文化の象徴を語る90話
野嶋剛 著
http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=100607
は、文物解説のところでは、間違いの多い本ですが、末尾にある13人へのインタビューはたいへん面白いものでした。
 そのなかで、元南京博物院院長 梁白泉氏への2009年のインタビューには注目しました。
 この人は、中華人民共和国成立直後の1951年〜1998年まで南京博物院で仕事していたという、将に南京博物院の主・ベテランのような人です。

「南京の朝天宮に倉庫が造られました。この倉庫はとても大きく、上下三層に分かれ総面積は一万平方メートルあり、有名な建築師が設計したものである。」
「倉庫は1937年秋に完成し、同じように上海にあった中央博物院の文物と一緒に、故宮文物は倉庫に運び込まれました。しかし、1937年末に南京が日本軍の手に落ち、故宮と中央博物院の文物は西方にまた移動したのです。」
「一部の文物は南京の倉庫に残されたままになっていましたが、日本が南京を占領していたときも、これらの文物は破壊されず、手つかずで残されていました。」

これは、
2014年07月22日
南京の倉庫
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/101883356.html
に、書いた倉庫のことではないか、三層というのが同じだし、のべの収蔵床面積は三〇〇〇平方メートルぐらいなのでかなり違いがあるが、これは記憶違いか二段になっていたとか、いろいろ解釈はできるでしょう。
 1939年1月当時の専門誌の巻末コラムを、イメージにあげておきます。クリックすればなんとか読めるでしょう。

重要部分を抜き出してみますと、
>「我が軍の南京占領後不可思議な建造物が発見された。それは十五間に二十間鉄筋コンクリート造り三階建て窓無しの建造物とかで、その出入り口には土嚢が積まれてあったが、その収蔵品が武器弾薬の類でないからそのまま放任せられてあった。ところが最近その中をよく調べてみると、何か古美術品の類が多数収蔵せられているというので、之を調査するため慶応義塾史学科の教授連が昨年末に中支へ出発した。」
  (REF 国宝第2巻第2号 昭和14年1月20日印刷)
 なんだ、少なくとも南京での略奪はなにもなかったんだな。しかもちゃんと管理・調査までしている。
 日本軍が保護・放置した文物が南京博物院に残っていることになる。
  ただ、前、東京の展覧会で鑑賞した南京博物院の南遷文物と称する陶磁器は、それほど印象深いものはなかった。やはり、残されたものだからなんだろうか。
posted by 山科玲児 at 07:08| Comment(0) | 2018年日記
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