2000年ごろだったか、ある長年中国通いやって商売していた方に、
「豊 子ト(ほう しがい、1898-1975)が、竹久夢二(1884-1934)の影響を強く受けた」という話をしたら、
「へえ、竹久夢二が影響を受けたなんて素晴らしい画家だったんだな。」
と言ったので、
「違いますよ、逆です。豊 子トがマネしたんです。」
と言ったら、黙ってしまった。
どうもね、中国−>日本 という影響の流れしか頭になくて、その逆が考えられなくなっている。
この種の固定観念・先入観がある人って、意外に多いのかな、と思ったものである。
上のイメージをみるように、左は豊氏が上海の雑誌「宇宙風 1936/6/16 」に出したマンガ(ref1)、右が夢二が出版したマンガ イラスト集 春夏秋冬(1910) 都会の巻(1911)からの抜粋(Ref2)である。豊氏は日本留学したとき愛好したらしく、自分でも夢二の作品に学んだと書き残しているので、確かなことだろう。
このような日本の近代絵画(菱田春草とか横山大観とか)ーー>中国の画家による模倣・パクリというのは、意外に多いものらしい。
これについては
古原宏伸 盗作の論理 国画改良運動始末、1989
が多数の例をあげて論じていた。
Ref1 宇宙風 1936/6/16 原刊本 もうかなり酸化して脆くなっている
Ref2 三彩、増刊「竹久夢二」、242号、昭和44年3月、三彩社