2018年10月14日

謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス 続

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謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス [DVD]
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この映画では、音楽家、歌手、作家、美術史家、修復家 歴史家、などがコメントしてるんですが、互いに矛盾?か関係ないようなものが多く、サロン批評のようなもので、「私はそうは思いませんな」とかつぶやきながら観る映画ですね。 全体としては音楽家のほうが画家や作家よりもセンスいい感じがいたしました。

コメントとして、面白かったのは、
・Falkenberg:: こういう大きな絵は費用がかかるものだし、注文主も限定される。そして、一人ではなく大勢でみる絵である
・スペインの作家:: この絵は、観る者が謎を考える 「しかけ」 である
・Pilar Silva Maroto  プラド美術館学芸員::  若い頃からなんども通い積めた
・Prado美術館  修復担当 :: 三賢王礼拝の羊飼いの顔は極細の筆で描いてある

ちょっとおかしいので字幕翻訳の誤りかと思われたのは、
その1、修理担当の女性が、
Prado 三賢王礼拝  祭壇が
は、マリア兄弟会のために描かれた絵だとコメントしているところ。
 これは一〇〇年前から、寄進者夫婦のためということになっていて、現在はアントワープの大商人夫妻のためということがわかっているはずです。
その2、フェリペ2世が臨終のとき、ボスの作品を近くに運ばせたという伝説が語られている。しかし、エスコリアルのフェリペ2世の寝室は実際にエスコリアルで拝観したが、驚くほど狭いもので、快楽の園のような大きい作品はいれることができません。ただ、快楽の園の左翼 CREATION の小さな模写が現在 その寝室に飾られている。この模写はおそろしく古いもので、基底材のオーク材の伐採が1447 年であり、原作の快楽の園より10年以上古い。従ってほとんど同時代に制作された縮小コピーのようです。

  また、ちょっと気になったのは、ウイレム1世沈黙公のブラッセルの資産とともに「快楽の園」をアルバ公が没収して、そのままマドリード近郊のエスコリアルへ運ばれたかのような印象が映画ではうかがわれました。実は、「快楽の園」がフェリペ2世のもとにくる前、23年間!もトレドのアルバ公の邸宅にあったらしい。。だから、これをブリュッセルで接収したのはフェリペ2世とはなんの関係もない。むしろ当時、有名で高価な絵画ということであったからでしょう。
  私が、トレドに行ったのは、エルグレコのためではなかった。(参照::トレド行 その2)だからサンタクルズ美術館画廊が一時閉館されていても、さほどがっかりしませんでした。「快楽の園」が23年長く秘蔵されていた町の通りを歩いてみたかったこと、と例によって中世都市の通りやレストランを観てみたかったんですねえ。

2次創作として、面白かったのは、「快楽の園」の人物と動物、つまりアクターたちを全部削除して風景建築植物だけを残した模写作品でした。この実物は、マドリードのラザロ・ガルディアーノ美術館で実見したが、なかなか興味深いものでしたよ。



posted by 山科玲児 at 09:22| Comment(0) | 2018年日記
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