2018年12月19日

無と无



東京国立博物館の魔鏡のブログ
をみていたら、ふとこの魔鏡の文字が「南无阿弥陀仏」であることに注目いたしました。
「南無阿弥陀仏」じゃないんですね。「無」じゃなくて「无」です。
魔鏡自体の写真目録記載は
です。まちがいないものです。

「无」は「無」の略体ですが、わざわざ鏡の背面に鋳造するのですから、速写のために略体を使う必要はないはずです。つまり「无」が正式な書体として尊いシンボル的な用途にもつかわれていたということですね。
この「无」に
ついて思い出すのは、
中宮寺の国宝:天寿国繍帳のことです。
NHKの特番にあわせたNHK出版の本(REF1)(大橋、谷口 2002)と 2006年で東京国立博物館 で行った特別展示のとき出した薄い図録(Ref2)で、東博の研究者 松浦氏は、三井記念美術館蔵の『華厳経』巻第四十六の隋の開皇3年(583年)の奥書の中の「西方天寿国」(イメージ左)を根拠の一つとしております。これを最初に指摘したのは常盤大定です。しかし、この文字は、「无(無の略体)寿國」と読むべきではないかという異論も昭和13年から提起されていて、またこの写経自体が20世紀初期の偽作であるという見解(ref3)もありました。
二重におかしいんですね。
五代と推測されている敦煌出土仏名経の断片(右イメージ)をみてもわかるように、古くから写経では「无」が使われておりました。
勿論すべてが「无」だったのではなく「無」も使われていましたが、多数派ではなかったように
思います。


ref1 大橋一章、谷口雅一『隠された聖徳太子の世界 復元・幻の天寿国』、日本放送出版協会、2002
ref2 東京国立博物館編集・発行『国宝天寿国繍帳』、2006(解説執筆は松浦正昭、澤田むつ代)
ref3 三井文庫, 三井文庫別館蔵品目録 敦煌写経ー北三井家ー, 2004年1月, 三井文庫, 東京
posted by 山科玲児 at 06:23| Comment(0) | 2018年日記
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