2018年12月31日

顔真卿 王羲之を超えた名筆 続2

争座位s.jpg

肝心の顔真卿は、
第3章 唐時代の書 顔真卿の活躍 ―王羲之書法の形骸化と情感の発露―
に入ってます。

真蹟としては、今回、イチオシの
台北故宮の 祭姪文稿
でしょう。これは、まあ文句はないのではないかと思います。
西川寧さんが冒頭の印の左端を徽宗皇帝の双龍円璽のなごりじゃないか?といわれていたことも思い出しました。しかし、表装を切ってしまうのはもったいないね。
最近でも、王羲之行穣帖のように表紙部分を改装してしまった例もある。

建中告身は、どうもあやしいが、古い伝世があるものではある。明末以降のつくりものではなさそうだ。

拓本では、最近 河南省ででた墓誌の拓本がある。王琳墓誌というのは同じ墓から2つでたものだということだが、なんかよくわからない。この時期に河南省のここらで、有名人が書いた墓誌が連続して出ているのだが、なんか怪しい感じすらするくらいである。
93  王琳墓誌 顔真卿筆 1幅 唐時代・開元29年(741) 埼玉・淑徳大学書学文化センター 1/16〜
1/27、2/13〜2/24

94   王琳墓誌 ―天宝本― 顔真卿筆 1幅 唐時代・天宝元年(742) 埼玉・淑徳大学書学文化センター 1/29〜
2/11
95   郭虚己墓誌 顔真卿筆 1幅 唐時代・天宝8年(749) 埼玉・淑徳大学書学文化センター  

古拓では、書道博物館所蔵の争座位帖がある。ここには3点以上あるんだが、たぶん一番古い、いわゆる北宋拓が展示されているものと思う。これは結構良いものだと思っている。ほかの2点はちょっといただけないので、こちらが展示されていることを期待する。

イメージは旧拓争座位帖


posted by 山科玲児 at 09:14| Comment(0) | 2018年日記
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