2019年02月13日

九成宮醴泉銘を比較する【訂正あり】

【公式】特別展「顔真卿―王羲之を超えた名筆」
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1925

 は、五馬図巻の出現、黄絹蘭亭・懐素草書千字文・懐素自叙帖などの台北からの借りだしなど、顔真卿以外のもののほうが、意外にも面白かった展覧であるが、地味ながら、よかったのは九成宮醴泉銘の古拓本が六点も並んでいたことだ。さすがに配慮があって全く同じ頁が並んでいた。これは一見馬鹿馬鹿しくみえ、他の文字 他の箇所を観たいというように感じた人もいたかもしれないが、各拓本の良否・特色を比較するためには同じところを開けないと、どうしようもないのである。
 なんで九成宮醴泉銘でそういう問題がでるのかというと、現在、山西省にあ陜西省にある九成宮醴泉銘の石・石版自体があまりにもボロボロになってしまっていて、しかも後世の彫り直しまであり、唐時代の現状をほとんど伝えていないという問題がある。それで、まだあまり文字が壊れていない古い時代の質の良い拓本を鑑賞するほかないのであるが、では、どの拓本が一番良いのか、本来の文字の形に近いのか?という問題は、現状の石面をみても全くわからず、拓本同士を比較するしかないのである。そうはいっても、宋拓と称されるような九成宮醴泉銘の古拓は怖ろしく高価で希少なものなので、写真印刷術がない時代では、複数の拓本を実物で比較するなんてのは、大富豪の蒐集家か宮廷か、蒐集家たちのサークルで自慢しあう会かでしかできなかった。おまけに、例によって忠実な偽物というのもあって、ますます混乱する。もっとも偽物の拓本のなかでも泰刻というの清時代無錫の秦氏本(ref)は、もとになった拓本が素晴らしいので、下手な清時代の本物の拓本より評価されたりもする。この秦氏本は京都国立博物館にあるようだ。羅振玉は明拓と書いているが勘違いだろう。
  現在はモノクロ・カラー影印もありある程度は拓本相互の比較ができるようになったが、それでも現物が六種類も揃う、しかも香港のものまで並べて比較することができるのは希有の機会であろう。

左端の番号は出品リストの番号である
28           九成宮醴泉銘 ―海内第一本―  [端方旧蔵本] 三井記念美術館      
29           九成宮醴泉銘 ―天下第一本― [顧文彬本]    三井記念美術館      
30           九成宮醴泉銘 ―官拓本― [李鴻裔本]  三井記念美術館      
31           九成宮醴泉銘 中村不折本 台東区立書道博物館      
32           九成宮醴泉銘 ―犬養本―          個人蔵か?     
33           九成宮醴泉銘 ―汪氏孝経堂本―       香港中文大学文物館(北山堂寄贈)

  実際に比較して観てみると、特異なのは29番 天下第一本― [顧文彬本] である。これは、昔、三井文庫で鑑賞したときも強い印象を受けていて、メモも残してあった。なんというか線質が違うのだ。よく観るとあとで墨をいれてごまかして加工した文字が各所にあり「秘書」の「書」など、そうとう問題があるが、いぢっていない補修していないところには、これは最古の拓か、ほんとの北宋拓かと思わせるような蒼古ななごりが残っている。この太めの点画は北京故宮博物院にある有名な李キ旧蔵本を思わせるところもある。ただ、拓したときの紙の厚みや拓の技法などでもかなり印象は変わるかもしれない。

  従来、当方が愛好してカラー影印も持っているのは    30番 ―官拓本― [李鴻裔本] である。これは中庸をえたもので欠点がなく、なかなか好ましい。ただ、官拓本という名前をつけた根拠はよくわからない。日本で昔から有名なのは 28番 ―海内第一本―  [端方旧蔵本]だが、当方は昔、三井文庫で観たときの印象が悪く、あまり評価していなかった。今回観たら、まあまあ悪くないと思っている。香港から、はるばる出張してきた33番 汪氏孝経堂本― は、他より大型の本に豪華に装幀されているが、虫食いがめだつのが惜しい。質的には端方旧蔵本などに近いもので、特に図抜けているわけではないように思う。32番の犬養本は金で押した印影があるのが面白い。質的にはまあまあかな。不折本は少し傷みがひどいかもしれない。

ちなみにかなりボロボロになったころの拓本は下記動画の2分39秒ごろで観ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=XO94osMVU64

  ref. 須和源一 、九成宮醴泉銘の模刻について、書エン 第二巻七号、昭和13年7月 
posted by 山科玲児 at 09:36| Comment(0) | 日記
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