2019年03月21日

満漢全席とマスコミ

「満漢全席」というのは、昭和30年代以降に、マスコミが煽った言葉のようである。

 魯迅の「病後雑談の余」に、子どものころ紹興で「料理屋の看板に『満漢酒席』という 文字をみたことがあった。」という記述があります。

 なんだ、宮廷料理とか豪華絢爛とかいうのと何の関係もないじゃん。単に満州料理と合わせて出す宴席も提供します、ということだろう。魯迅の子供のころは、まだ清朝時代でしょう。太平天国の乱の「長髪族」(チェンマオ)が来るぞ、と脅されて育った人です。紹興にも満州人はいただろうから、そういう需要もあったんだろうなあ。

 田中 静一,一衣帯水―中国料理伝来史, 柴田書店 (1987/10/1)によると、
によると、
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  昭和53年10月、日本のテレビ局各社が主催して、香港の國賓大酒楼で、日本の芸能界の知名人10人で2日間に600万円という超高価な満漢全席の料理を食べたことが、日本や台湾、香港などのテレビや新聞に大きく出た。これから日本で満漢全席の話はブームになり、香港や台湾に満漢全席を食べに行く団体旅行が相次いだ。
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 なんのことはない、今は使い古された 「テレビ局が流行をつくる」「テレビ局の仕込み」そのものじゃないか?? 

 香港と組んでやった大芝居が大当たりした、ということだったんだろう。

 2002年にはNHKも「完全復元 満漢全席」なんてのを企画したみたいで、豪華で大きなDVDボックスにもなっているそうです。悪のりが過ぎるでしょう。

 こういうショー的、満漢全席は、邸永漢「食は広州にあり」の記述では、昭和31年に香港の美食家たちが 大同酒家でやったのが最初だそうである。2日かけて食べる」という伝説もここからはじまっている。

 どうりで、故宮文物月刊に出てる 清朝宮廷のメニューとは全く違っていておかしいと思っていました。

 満漢全席は、清朝宮廷料理ではありません、テレビ局の創作が一人歩きして暴走したものです。



posted by 山科玲児 at 08:53| Comment(0) | 日記
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